著者は、どうしても日本人と英国人の間で「和解」を成し遂げたいらしい。きっかけは著者が英国留学中に、ビルマで戦ったという元英国兵に厭味を言われいやがらせを受けたことで、爾来、著者は英国と日本の間の「真の和解」を目指して、元兵士、元捕虜の聞き取り調査=オーラルヒストリーを生涯の仕事としている。まことにもって、ご苦労さんなことである。
それにしてもだ。ちょっと想像力のある人なら、著者の取り組みが如何にむなしく、かなりの確率で徒労に終わるであろうことはわかりそうなものである。早い話、宮崎勤とその被害者の間では永遠に和解などありえない。何をやっても癒えないし癒されない傷というものはあるのであって、それが人間の限界であるということに著者自身、気付いていないようで、可笑しく、そして、悲しい。
最近、死刑判決が出るたびに「解明されない心の闇」などという見出しが新聞紙上に踊る。じゃあ問いたい。今まで、ただの一度でもよい。重大犯罪で犯人の心の闇が解明され、すべてが明らかになったことなどあるのか。私の記憶する限り、そんなことは。ただの一度もなかった。仮に犯人の心の闇が解明されたとしよう。それでも被害者、特に殺された被害者が生き返ったりするわけではない。被害者が生き返り、完全に元の状態に戻らない限り、いくら犯人の「心の闇」なるものが解明されようと、そんなことは知ったことではないし、そもそもそんなことに興味も関心もない被害者家族も多いことだろう。
戦争だって同じことだ。戦争とは殺し合いである。殺されたほうは永遠に憎しみ悲しみを忘れることはない。欧州を見よ。あの、暗黒大陸には憎しみ悲しみが渦巻いている。殺戮は日常茶飯事で、国境を挟んだ「隣人」が、ある突然「殺人鬼」と化す光景を欧州は過去300年ずっと続けてきたし、今日もコーカサスで、コソボで、それは続いている。
著者はドイツと英国の和解をうらやましく思っているようだが、アホちゃうかと思う。ドイツとフランス、あるいはドイツと英国、ドイツとポーランドの間に「和解」なぞ永遠にない。あるのは「和解ごっこ」という政治ショーだ。ドイツとフランスは憎みあって、この100年の間に三度も戦争している。たった一度だけ朝鮮半島や中国大陸に「進出」した日本とはわけが違うし、被害の桁が違う。先の大戦で、ドイツ占領下でドイツ人の子供を孕んだフランス女性は2万人超で、彼女たちはドイツ撤退後ただちに村々の広場に引き出され、ニタニタ笑うフランス人の男たちによって頭を丸刈りにされたあげく「追放」されている。ちなみに、彼女たちが頭を坊主にされている陰で、ドイツ兵に協力したフランス男性たちは裁判なしの即決でその場で射殺されている。同じことはベルギーでも起きた。オランダでも起きた。ヴァイツゼッカー演説を称揚する日本人がいるが、バカも休み休み言え。あんなもの「政治ショー」の類いだ。米国という巨大なる存在の前に団結を迫られた欧州、あるいはソ連という陰惨な敵を前にして結束を迫られた欧州。そのためには小異を捨てて大同につくことが求められ、そのために恩讐を越えてドイツと「和解」することが双方の政府ぐるみで求められた、ただそれだけのことである。ちなみにドイツに殺された英国人に比べ、日本人に殺された英国人ははるかに少ない。それなら忘れるのも早いだろう。
著者がいみじくも指摘している通り、日本人は、もう英国はもちろんオランダにだって謝ることなど永遠にないし、そもそもこれ以上、彼らと「和解」する必要なんてない。和解は極東軍事裁判ですべて終わっている。昔から「罪を憎んで人を憎まず」というだろう。これ以上、言うなら、だれかこの金言を彼らに教えてやるべきだ。
ついでながら本書で「なぜ日本人は、あんなに残酷になれたのか」などとノーテンキな質問を繰り返す英国人が出てくるので、彼のためにわたくしなりの答えを教えてやろう。そもそも日本人が「近代化」に目覚めたのはアヘン戦争という歴史上決して消すことのできない人類史上の恥辱ともいえる戦争によってであった。貿易赤字を麻薬の輸出で解消しようとして、それを中国側の官憲が制止すると麻薬商と軍が結託して戦争をしかけ、見事中国を打ち負かして「麻薬の自由貿易」を認めさせるなんてことを白昼堂々やられてしまえば、日本人が目覚めないほうがおかしい。「この世はすべて軍事力」という当時のルールを身につけた日本人は、その後なんとか植民地化を逃れるのだが、それでもその後何度も英国人らによる度し難い「人種差別」に逢い続け、怒りのこぶしを握りしめ続けてきたのだ。上海の公園には「犬と中国人、入るべからず」という看板が恥ずかしげもなく掲げられいた。日本政府がヴェルサイユ講和会議に提出した「人種差別撤廃決議」はあっけなく却下。こうした積年の恨みつらみが、戦争という非常事態を契機に一気に噴き出したのである。これを理不尽というなら言え。しかし、事実として日本は白人どもを東南アジアからたたき出すことに成功し、結果として「アジアの植民地解放」はなったのである。もちろん日本はアジアを解放するために戦ったのではない。白人どもに替わってアジアを支配し、「善導」しようとしたのであるが。。。
著者は「水に流す」のは日本だけのやり方で、他国には通用しないなどと馬鹿なことを言っている。んなら欧州ではどの国もお互い過去について謝罪しあい理解しあって今日に至っているとでも言うのか。そんなことはない。チェコやポーランドから追放されたドイツ人は今も怒りを内に秘めているし、ソ連に占領されたベルリンで連日連夜ソ連兵に強姦され続けたドイツ女性の恨みは最近徐々に出版という行為を通じて明らかにされ始めている。欧州の闇は遥かに深いのだ。
著者は恵子ホームズさんらによる「民間外交」を、あたかも「真の和解」にとっては障害であるかのごとく難癖をつけている。そしてその証拠として彼女が直接英国人から聞き出した「生の声」を動かぬ証拠して挙げている。馬鹿だなあ。そりゃ、人間だもの。文句のひとつやふたつは言うよ。そして和解したくない人はいるのであって、彼らは私たちが何をしたって絶対に和解なぞしない人たちだ。だから無視するに限る。それより、私は、どういう行為にせよ、それが善意から出たものである限り、やらないよりはマシだと思っている。所詮世の中「目明き千人」なのだから。