「地震考古学」という学問は、あまり耳慣れない方も多いだろう。当書の著者である寒川旭氏(産業技術総合研究所招聘研究員,理学博士)によれば、1988年5月、「考古学の遺跡で地震痕跡を研究する新しい分野」(p.48) として「地震考古学」を誕生させたようである。具体的には1986年、滋賀県「北仰西海道(キタゲニシカイドウ)遺跡」の発掘現場において地震痕跡を見出したのが、この研究分野の始まりだそうだ(p.139)。爾来、寒川博士は、地殻変動で刻まれた日本列島の“傷痕”“古傷”を、遺跡発掘調査の結果や歴史資料(文字記録)などと照査しながら語ってきている。
寒川博士のこうした試みの意義について、博士自身の言葉を借りると、「私たち日本人は、…(略)…この国土の、どこに住んでいても、地震の強い揺れから逃れられない宿命」(p.16)にある、との前提に立ち、「地震の歴史を振り返ることによって、過去の地震を知り、ここから将来の地震に備えるためのさまざまな知恵が得られるはず」(p.12)とする。また、「逆に考えれば、日本の歴史を考えるためには、地震に対する理解が不可欠」(同前)ともなる。こうした文脈で、例えば「菅原道真の時代にも、これ(東日本大震災)に近い規模の巨大地震が存在した」(同前)のであった。
日本列島は、太平洋プレートやフィリピン海プレートといった海のプレートが、ユーラシアプレートや北米プレートといった陸のプレートの下に潜り込んでできた「シワ」のようなものだ。そして、日本列島は、地球の表面積のわずか0.3%たらずだが、その範囲内で地球の全地震の約1割が発生しているのである(石橋克彦・神戸大学名誉教授)。こうした列島の上で、私たち日本人は巨大地震や大津波などによって、尊い犠牲を払いながらも、知恵を絞り、歯を食いしばりつつ、今日まで生きてきた。私たち日本人は「地震の歴史」というものを謙虚に学ばなければならないだろう。