就任して7年間で自らが学長を務める国際教養大学の評価を日本屈指、世界の著名な教養大学との単位互換制度を確立して、在学生を留学させることに成功した背景にある「教養論」を開陳した1冊である。
教養こそが意思決定を速め、人間社会に貢献するかを序章で説明し、その具体例として現代日本の政治家と官僚の3・11以降の無様さを指摘する、さもありなんである。つまり日本の高等教育の歪んだ姿は教養教育の軽視がことの発端であり、その不備を自らの経験と国際教養大学の建学学長との経験からまとめ上げた著書であり、教養は個人の知的財産では不十分で、論理的な公共財足りうるまでに、論理的に引き上げねばならないという指摘は流石に現代中国学の日本の帯刀たりうる指摘であろう。
教養を深める端緒は、読書に違いないが、得た知を検証するには、行動が必須である。その過程を2章以下の構成で、展開する。中国学が専門ながら、その背景には現代教養の背景にはartes liberalesが根強く残る諸外国との通約性を重視した問題構成を示唆しており、国際の意義を改めて問い直していよう。そして、得た知見をかならず自らの足で現地で確かめる学問的矜持を維持し続ける意義の中に人生の意味を解釈する視点を判りやすく説明している。
万人が読んで刺激される1冊であろう。目次は下記の通り。
第1章 「教養」を深めることの意味
第2章 「個性的」であることの意味
第3章 「知識」を得ることの意味
第4章 『統計的』・批判的であることの意味
第5章 「芸術」に触れることの意味
第6章 「出会い」を大切にすることの意味
第7章 「協調的」であることの意味
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