本の題名は「戦争感」ですが、内容は「責任感」に思えます。
本文は終戦前後から今日に至るまでの、日本人の15年戦争に対する反省度合いを論じています。終戦直後・復興期・高度成長期等の戦後の時代変遷と、日米安保・冷戦環境からのアメリカの対日態度変遷に従って、日本人の大衆が15年戦争に対してどんな表現を表して来たか、そこにどんな心理が在ったのかを説明しています。
ダブルスタンダードとして指摘する国外向けと国内向けで相反する政治態度等は、タテマエと本音と読んでいます。実際にアジアへの加害責任が広く論じられる様になったのがここ最近20年ほどでしかないのは唖然とさせられます。終戦直後は戦争責任についてある程度の追求世論があった事が指摘されていますが、それも数年のうちに自己弁護的な戦犯擁護に反転してしまい、結局自国の本格的な反省や責任が軍部のみに押し付けられ、同時にアジア被害国・被害者への心慮が全く為されなくなってしまった事に自国不信を感じてしまいます。
本文終章で指摘するが如く、私たち戦争を知らない世代が、戦争の責任を当世代人や軍人の事だからと云って目を向けずに将来を云々言うのは、別なかたちので責任放棄であると思います。本当の反省・自認をないがしろにしたままでは、またぞろ将来に於いて反動的な国粋主義が国民意識の大勢を占める悪夢が蘇る危険性をはらんでいると言えます。
今まで読んで来た本では、なかなか責任感の喪失理由について核心を突いている物はなく、何でもかんでも軍部の責任にして国民は被害者だと云って逃げまくっている様な駄本が多かったのですが、その意識形成を年代を追って説明してくれるのは誠に在り難い本と言えます。