太平洋戦争が始まった1941年から敗戦後、連合国による占領の最初の1年が終わる1946年までの間の5年間にわたって日本の作家(または将来作家になった方)がつけていた日記を抜粋、そこから当時の世相、そして敗戦後のそれぞれの立場や情勢による違いを浮き彫りにしようとした本です。
日記そのものは発表するつもりであったものがほとんど無かったものばかりであるので、その点も考えると非常に感慨深いものだと思います。日記文学と呼ばれる分野にも確かに興味ありますが、同じような面白さがありました。より生々しいその日を振り返る、しかもおのれに宛てた記録という日記に絞ったことで、感情的でもあり、心情にダイレクトで近いものでもある、と思います。
やはり時系列を追って紹介されているのですが、開戦当時から冷静という印象を感じられた永井荷風は、それなりに老大家として実績もあり、お金にも困っていなかった部分も大きいという情報は知って良かったです。これが即お金に困っていたら態度や冷静さは違っていたか?と問われるとそこまで分からないのです。永井荷風のある意味軍部のマッチョさを「小馬鹿」(馬鹿にするのではなく小馬鹿)にした、愚直というやりすぎを笑える余裕を感じさせます。その辺に金井美恵子さんにも通じるものがあると思うのです。真剣にならざるを得ない日常であり熱さを感じさせる毎日であったであろうことを理解しつつ、それでも融通の利かないことに賛美のみを与えることへのブラックな笑いがあると思うのです。
意外だったのは山田 風太郎さんの日記からの抜粋が過激でそして熱い。また迷いというものがなく、ブレなんて敗戦後にも起こっていない。かなり意外な展開でした。当然それだけではないのが山田さん、以下抜粋になりますが、この敗戦後の告白が(当然この時点での日記の公開などまるで考えていない、ただ自分への決意のようなものであると思います)私には山田さんをそれ以外の作家の日記とも全く違う面を認めます。
P189より
「一体、神州とは何であるか。自分の祖国に誇りを持つのはいい。また持つべきであり、その感情を鼓舞するための詩語としては適当かもしれないが、むやみやたらに神州不滅を叫んで総ての運命をこの一言に結びつけ、それで平然としていたのはどうだろう。
中略
僕は民主主義というものはどんなものか知らない。共産主義とはいかなるものか、それも僕達日本人は教えられていないのだ。悪い悪いと頭ごなしに教えこまれるだけで、なぜ悪いのか、その理屈は一切わからないのだ。ほんとうに悪いかも知れない。しかし、なぜ悪いのか、それを一応疑ってみることは許されないだろうか。疑うのが人間として、当然ではあるまいか。
中略
僕は天皇陛下は敬愛する。しかしその敬愛を商売にしているやつはきらいだ。また正直にいって、僕は天皇がなくなっても精神的には死なない。日本人の大部分が死なないだろうと思う。ほかに生きてゆく愉しみはいっぱいあるからだ。」
なかなか言えないですし、この熱い時期中での冷静さが表れていて、それが「同日同刻」に繋がったのかな?と思いました。
また、渡辺一夫という人物もかなり気になる感覚の持ち主でして、これも是非読んで見たくなる日記からの抜粋でした。かなり頭の良い方の文章だと認識しました。エッセイも書かれているようで気になります。
そして、変わっていいるという点においては1番だと思うのがやはり内田 百'關謳カです。この方のスタンスこそ、お金に困っていた永井荷風が取るべき姿勢であったと思います。1番関係ないようでいて、もっとも覚悟が必要で、そのうえでの遊び心なのだと、個人的には思います。やはりセンスある方です。
開戦から敗戦の流れが気になる方にオススメ致します。