この著者について予備知識はなかったのだが、ちくま学芸文庫の復刊フェアで立ち読みしてみて、面白そうだったので手に入れて読んでみた上下巻の上巻。季節・自然に対する感受性を一つの軸とした、日本人の世界観の歴史、精神史の論集という内容になっている。
読み始めてすぐ、形式的にアウエルバッハの「ミメーシス」に似ているように思ったが、より思想・哲学よりの論述だ。著者は西田幾多郎の弟子筋のようで、旧仮名遣いで進められる論の進め方がなんともいえず気持ちいい。
内容についてみてみると、上巻全体の進行を予告する序論の後に、万葉集から新古今和歌集に至るまでの和歌にみられる世界把握の仕方の変遷を大筋としながら、隣り合う時代の漢詩や随筆や僧侶の論集をも示し、いくらか脱線・蛇行しながら進んでいく論の道行きが辿っていくと心地よい。心地よいが、今何のことを論じているかをともすれば忘れがちになってしまうこともあったので、慎重に筋をつかんでいくように注意する必要があると思う。やがて話は鎌倉新仏教や徒然草へ、能楽・墨絵・茶へ、そして松尾芭蕉へとつながっていく。
上巻全体を振り返ると、季節・自然への感受性を基準にした、生きていることの実相への思索を深くしていく人々のあり方に照準を合わせた論の進め方をしていて、下巻に比べると時代の推移と共に思索の深さが増していっているのが印象的だった。また、平安時代の末期から鎌倉時代にかけての社会状況の変化がもった大きい意味が染み入ってくる論述でもあった。
その時代時代の丈高い精神性、時代において最も遠くまで進んだ人ばかりが出てくるのがこの書籍のタイトルと少しずれているのではと思ったが、時代を代表する世界観は後の時代に通俗化して受け継がれるものだし、ここでの高い精神性は現在の日本への鋭い批評にもなっている。下巻を読むのが楽しみになる一冊。