まず著者は「今回のアメリカとイスラムとの戦いを『文明の衝突』などと呼ぶ向きもあるが、これはむしろ『宗教の衝突』である」と、暗にサミュエル・ハンチントンを批判する。しかし、残念ながら論理の透明度はハンチントンのほうが高いようだ。
たとえば、タリバンの巨大石仏破壊とイスラム過激派の自爆テロに関する説明はやや乱暴ではないか。石仏破壊は「神の教え」に基づく行為だ。それを理解できなければ「イスラムとの交流」はありえない。イスラム教徒の自爆テロを非難する欧米の常識は「世界の常識」ではない。
中国の大歴史家、司馬遷は史記の「刺客列伝」で暗殺者を「後世に名を残すべき存在」と称揚し「壮士ひとたび去って復た還らず」とうたっているではないか。中国の刺客もイスラムのテロリストも「不変の歴史」「一神教」に殉じた壮士なのだ。
男子たるもの、かく生きるべし。しかるに、ヨーロッパの歴史家は彼らを「歴史の変化に棹さす時代錯誤」の「抵抗勢力」として拒否する…。講釈師風のマッチョな詠嘆調、あるいは横丁のご隠居が該博な知識で長屋の住人を煙に巻く落語調の論理展開は、読んでいて楽しい。著者の言葉遣いをまねるなら、博覧強記で、ところどころ牽強付会だが、「変化に棹さすは、変化に合わせるっていう意味じゃなかったですかい、ご隠居さん」などと、突っ込みを入れる楽しさはある。おもしろい本だ。(伊藤延司)
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しかしそれにしても、なぜ、これほどまでに誤解を受けやすいおおざっぱな文章で、僕たちに語りかけているのか?。
厳密的な定義で文章を構成して、しかるべき場所へ公表すれば、簡単には批判を受けがたい超一流の社会科学者なはずなのにです。僕は、小室さんが学問のタコツボのなかで戯れるのではなく、よりたくさんの人に「わかりやすく社会科学の成果」を理解してほしいから、こうした「原論」のシリーズをかいているのではないか、と思っています。
そういう視点で見ると、彼のおおざっぱな文体は、世間に概念を共有化させる戦略と考えられるのではないでしょうか。
だって、「たくさんの人に読んでもらう」ことなくして、概念の一般化はありえないですから。
本質的に、教育者としてのセルフイメージが強い人なのかもしれませんね。実際、小室さんを師と仰ぐ人は、社会学者の宮台真司さんや橋爪大三郎さんなど優秀な学者が多いですもんね。
このイスラム原論は、オーソドックスなマックス=ウェーバーの社会科学の業績の簡易説明版に感じます。
キリスト教に比べると、イスラム教は極めて安定的な宗教です、というのは私は納得しました。
もちろん抽象化されたモデルですから、それで全ての現実に適用できるとはいいません。けれど、これほど安定的な宗教を信じる人々を、911のようなテロに追い込んだ国際政治システム・グローバル資本主義が、
無批判に絶対的に正しい、とはさすがにいえないような気がします。
アフガニスタンの仏像の破壊も、たしかに国際政治的には無知ではあるけれども、コーランの原点を考えれば、きわめて納得できる行為です。こういう宗教を信じる人の根源的なモチヴェーションを理解しなけ
ば、コミュニケーションなどできるものではないでしょうね。
小室キッチンにて料理した本著もイスラム教のエッセンスを余すところなく、ちりばめた良書である。昨年の9月11日同時テロ以降、雨後の筍のごとく、イスラムに関する書籍は出版されました。なかには、著者のイスラムへの思い入れが強く、感情的な内容が見受けられる書もあります。イスラム教は強制的な信仰を薦めないということになっていますが、「まずはこれをお読みなさい。」と私は推したい。他のイスラム教入門書と銘打ってある700円ほどの新書を読んでも、イスラムの表層をなぞっただけで、イスラムの要諦とエッセンスを理解したことにはなりません。アメリカとイスラム社会の対立をなくすユニークなアイデアも本書にはあります。(実現するかどうかは保証できませんが)読んでのお楽しみです。では小室ワールドを心ゆくまで堪能下さい。
例えば、数学では数字から文字へ抽象化しても元の数字と抽象化された文字との間には必要十分条件が成り立ちますが{例 5(2+3)=10+15とa(b+c)=ab+ac}、社会科学などの場合の抽象化という作業では必要条件は成り立っても十分条件を満たさないことになります{例 「太郎は花子が好きです」と「男性は女性が好きです」など。この場合男性同士、女性同士での愛情は反例として内包されてしまう}。このように社会科学での抽象化作業の不完全性から理念(マックス・ヴェーバーの言うイディアール・ティプス)は常に現実での現象と比較検討される必要があるのです。そこが私たち素人にはなかなか理解が難しいところです。
小室氏の論理展開に強引さを感じる人は抽象化された理念と現実との現象に違和感を感じるのであって、それは小室氏の責任というよりは社会科学が常に抱える不完全さによるものではないでしょうか。そこを理解して控えめに論じる人が多い中、逆に堂々と論理を展開する小室氏には好感を覚えました。
イスラム教徒の中にも様々な人がいますが、それを抽象化して一つのイスラム観を提示する好著だと私は思います。
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