本巻の登場人物に共通する点がある。それは、新しく作り変えられた存在だということである。復活のイエス・キリストに出会い、あるいは福音に触れることにより、新しいいのちが与えられて、自分の使命を悟り、生き生きと自分の使命を全うしている。言い換えれば、「本当の自分」を生きている。
昨年ほど「いのち」が軽んじられた年はなかったと思う。親が子を殺し、子が親を殺す。またいじめを苦に自らの生命を消し去ってしまう。誰も初めから「いのち」を無駄にしようとは思っていないが、いつの間にか「本当の自分」を見失い、偽物の自分を生きてしまう。
サッカー・ワールドカップが終了し、中田英寿氏が引退を表明したとき、彼は、自身のブログで、「新たな自分探しの旅に出たい。」とコメントを残している。サッカーにすべてを献げ、富、名声その他多くのものを手に入れた中田氏が、サッカーを捨ててでも手に入れたいもの、探し出したいもの・・・新たな自分、「本当の自分」とは何か。私たち一人一人、静まって考えてみる必要があるのではないか。
今の日本人の多くが自分に自信を失っている。しかし、「本当の自分」を探し求めていくとき、そこに素晴らしい、新たな価値、新たな可能性を持った「自分」を見出すことができるのではないか。
「本当の自分」とは何か。この世に生を受け、生かされているのは何のためであるか。自分にどのような使命があるのか、そしてその使命を全うするために何をすべきか。そのために必要な、自分の中に眠っている新たな価値、新たな可能性とは何か。私たち一人一人に対して、今、この問いが投げかけられている。
本巻、そして本書全4巻を通して筆者が熱く語っているのは、聖書の中にその答があるということのように思えてならない。