頂くリーダーを観ればその国民の資質・成熟度がわかる。小泉、安倍、福田、麻生でよしとするわが日本は、その程度の国民なのだ、とも言える。だが、日本にも石橋湛山のごとき、最高水準の識見、人柄、胆力を備えた政治家がいた。これは戦後史の奇跡といってもいいけれど、日本国民の限界は、それに続く後継者を持てなかったし、育ててもこなかった。政治不信は政治家に投げかける言葉だが、それは国民が天に向かってつばを吐いているのである。
湛山は巨人だから、エコノミスト、文明評論家、思想家、政治家、さまざまの角度から論じうるが、著者田中秀征は政治家であったから、湛山の政治思想と活動を浮き彫りにして語ってくれる。さきがけ時代に自ら体験したであろう、高揚と苦悩があればこそ、本書は学者や評論家には望めない血の通った湛山論となっている。石田博英が中核となり、これに池田と三木が呼応して「反岸」連合を結成、劇的な逆転勝利を収める第二次総裁選の場面などは、本書の圧巻である。(石橋総裁誕生)
が何たる不運、彼は病に倒れ新内閣は二か月余りにして退陣となる。
歴史を読むのは、現在・未来により良い選択肢を模索するためである。石橋の「大日本主義との戦い」は、驚くほど勇気ある識見であったが、未だ我々はこの考えを体得していない。軍事(自衛隊海外派遣)、外交(日中・対米)、国民福祉を考える上で今なお有効な議論である。ひらたくいえば、次元の低いナショナリズムから解放され、石橋が説いた「小」日本主義を常識としなければ、日本国民はいつまでたっても一皮むけない。
文章は明解。冷静で抑制のきいた叙述、だけど著者の憂国の情がひしひしと伝わってくる名著です。これを契機に(私もそうだったが)より多くの読者が湛山を読むことになればいいなと思います。