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私は本書を読んで、その双方が今日の日本アニメーション全盛期を生み出す原動力になったのではないかと感じた。大量生産こそが技術的進歩を資金的に支えることを可能にする唯一の手段であり、芸術性ばかりを追求していては少量の工芸品しか生み出すことができないのである。アニメも資本主義社会の中においては、自動車などの工業製品と同じように、売れて初めて産業として成り立つのである。今日の日本アニメの興隆の源は手塚治虫の創り上げた大量生産方式であり、その基盤の上に宮崎駿の作家としての感性が発揮できるフィールドが拓けたように思う。
この本はその平成改訂版、にあたるのかな。ただ、かなり問題のある本です。
私個人の見立てとしては、日本のアニメ史はマンガ史の一部、といって悪ければマンガをその水源地にして発達した文化であります。極論すれば、マンガからの視点が抜けたままアニメ史は語れないはずなのですが、『映画史』の影響を受けてかそのあたりのことに著者が気がついていないようです。
また日本アニメ史を概観するにあたって、手塚と宮崎を対立項においているのですが、多少でも戦後マンガ史を心得ている者にはトンデモにしか映りかねない危うさがあります。
名門・東映動画出身とはいえ、マンガの子という点では宮崎もまた手塚スクールに含まれます。彼が大貢献した映画『ホルス』にしても、その出発点は白土三平の劇画でした。宮崎スクールとてマンガ文化の申し子なのです。
この二人を相容れない対称的なものとして日本アニメのスペクトラムの両端にすえてすべてを分析・分類していくというのは、まるで虎とライオンを対立項にして地球上のあらゆる動物を分類していくような乱暴さすら覚えました。
また、ANIMEの海外進出についての読みもかなり浅い。世界に通じる日本文化だなんてマンセーしているのは当の日本のみです。実態はいまなおマクドナルドのハンバーガーかマニア向けのマイナー・リーグ。日本の外部からの視点がすっぽりと抜け落ちているのがどうも気になりました。
よくがんばってはいるけれど、アニメ評論のレベルはまだここまでなのだなという軽い失望と未来への期待をこめて、辛口の☆☆であります。
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