政治家はとりわけ歴史に学ぶ眼力を備える必要があるが、『日本を決定した百年』の著者吉田茂にも確固たる歴史観、人間観があったことが窺える。
明治新政府の先人政治家たちの叡智から説き起こし、「人づくり」こそが「国づくり」の基本なのだと看破する著者の「人間性」が、まるで肉声に接する如く垣間見られる。
民衆生活の底上げが肝要と考え、金欠病の新政府に学校建設費を寄付した教育熱心な地主、資産家たちがいた。また、警戒心や抵抗感なしに<進取の気象>を示して積極的に諸外国の文明文化を摂取できた国民性が、近代化事業の成功要因だと著者は強調する。
先進科学技術や文明製品の導入の容易さに比べ、キリスト教倫理観やギリシャ・ローマ法起源の法理念、あるいは時代が確立した社会制度や慣習、国家間の外交術などは一朝一夕に真似できる代物ではなかった。
保守政治の権化とされる吉田茂だが、実際にはチャーチルの「グッドウィル・アンド・ペイシェンス」(善意と寛容)に立脚した「ディプロマチック・センス」(外交的感性)を信奉する立場から、戦争反対、早期講和論者として軍部から目の敵にされていた生来のリベラリストであった事実を看過してはなるまい。
著者は、真に近代的な「日本人」への転換過程で軋轢と錯誤、戦争の悲劇という<代償>を払わされた歴史を振り返る一方で、附録の『思出す侭』では自由に筆を走らせ(滑らせ)て、シャンペンでの失敗談や憲兵隊の間者(スパイ)への粋な計らいなどエピソード披露を惜しまない。
「最近のわが政界には保守合同ということが唱えられているが、従来政界の安定を傷つけて恥じざる輩と合体して政界の安定を求めんとするが如きは、事情に通ずるものよりすれば解し難いところである。抱腹絶倒の限りと思うものもあるかも知れない。場合によっては一種の詐謀となる。」
半世紀前の政治情勢に対する言及だが、「保守合同」を「保守新党」に置き換え、野党自民党から離党者が絶えない昨今の政治状況を思うと、合従連衡に血眼な政治家連中にはなんと耳の痛い指摘だろうか。