彼の日記や旅行記はすべて他人からの強制で書いたもの。無名時代から功名心ゼロ、出世欲ゼロ、性欲ゼロ、金銭欲ゼロ、ただ旅を愛し、他人の束縛から逃れ、自由の身であればそれだけで満足する男。宿泊は旅先の駅のベンチ(無料ゆえ)、3度のメシはもらえるまで何軒でも他人の家を訪ねる。そして精薄で点描画の天才。こういう男が残した、ごまかしのない、まじめで、平易で、珍無類の記述。
本書は彼の絵が有名になった後に、行った国内旅行の自由日記風の珍道中記。費用はスポンサーもち、そのかわり旅日記をつける約束で実兄と他人との同道の旅に出たのである。時は昭和30年代半ば。編集されてはいるが原著の面影は十分。旅のスケッチ画も多数挿入されている。カバー表紙の絵は浅草カジノ座のストリップ嬢で、本文126ページのものと同じ。
著者の人生哲学は一生不変だったようだ。それは、企業戦士として現役で活躍中の方々には無縁のものだが、他方で、すべて生けとし生けるものの本能を揺さぶる癒しのふるさとをも期せずして提供する。人の意見や講演など今更聞きたくない、などと感じておられるような退職後の方々にも抵抗感なく読めるような本である。巻末に付された「山下清年譜」と「解説」はよい参考資料。
(参考)同著者による「ヨーロッパぶらりぶらり」はまた別の味わい。「裸の大将放浪記」4巻、ノーベル書房、1979(絶版)は著者が有名になる前の人生記。アンダートーンは著者の本すべてに共通している。