近年の中国の軍事力増強は目覚ましい。その実態の把握は、日本の外交や安全保障を考える際に最も重要な作業の一つである。しかし、中国の軍事力について本格的に論じた本は意外に少ない。
平松氏は以前から中国軍増強の脅威について警鐘を鳴らしており、本書はその最新版である。平松氏によれば、中国の戦略目標は、台湾統一にとどまるようなものでは到底なく、ズバリ太平洋の分割であるという。それが成功した場合、アメリカは西太平洋での覇権を失い、日本は中国の影響下に入り、実質上中国の属国となる、というのが中心的論旨だ。
このような議論は極端だと思う人も多いだろう。グローバル化の受益国である中国が、経済関係を犠牲にしてアメリカに挑戦するわけがない、という人もいる。しかし、アメリカが中東やアフガンで戦争の泥沼にはまり、経済が疲弊して国内に厭戦気分が広がり、中国の台頭が不可避という認識が広がる現在の傾向が続けば、アメリカが戦わずして中国の提案する「太平洋分割」に応じる可能性が全くないとは言い切れない。中国はそのための準備を着々と進めている、という議論はかなりの説得力をもつように思う。
中には、どうせ日本はアメリカの属国なのだから、中国の属国に代わっても大して変わらない、という呑気な人もいるかもしれない。しかし、毒餃子事件について知らぬ存ぜぬを押し通すような中国の影響下に入った日本が、現在と同様の自由を享受できるだろうか。
本書には不用意な箇所も多く、議論の信憑性を部分的に損なっているのは残念である。例えば現在の中国の戦略的意図を論証するのに、文革時代の「失地回復」論を持ち出すのはどうだろう。平松氏は、主権と安全保障の重要性を説くあまり、人民が飢えても核兵器開発を優先した毛沢東の戦略の方が、戦後日本の経済第一主義よりも優れていた、と言いたげであるが、これは多くの賛同を得られまい。また、平松氏の論は中国の大戦略とその一環としての海洋調査に焦点を当てていて、肝心の軍事バランスの変化については具体的な論述がない。氏の以前の著書と内容が重なる部分も多い。
こうした欠点はあるものの、本書の警告は無視するにはあまりに重大である。不必要に中国を刺激するのはよくないとして中国の軍拡について議論しない風潮もあるが、日本の自由と安全に関心を持つ国民なら、本書に指摘されている事実について考えてから賛否を決めても損はないはずである。