第三章、日本各地に残る捕鯨・鯨食文化の紹介が素晴らしい。本書にある通り「地域の活性化のために、画一化した文化や歴史が存在した例などない」(p167)のだから、このように豊かで多彩な、地域独自の鯨文化を守るためにも、これらの地域文化と関係のない国策=南極海でのノルウェー式捕鯨は廃止し、その予算や人員を、各地の沿岸地域捕鯨振興に使うべきだと感じた。
ただ日本の捕鯨史には、本書が(おそらく敢えて)触れない、いくつかの事実があるので、読者には注意を促したい。
例えばその一つは、我が国の捕鯨もかつては欧米と同様、鯨油生産が主目的だったことだ。貝原益軒『大和本草』にも、当初は搾油後の肉を食用とせず、多くを棄てていたと書かれているし、1934年の南極海捕鯨進出の目的も鯨油で、肉の大部分を棄てていた。
また鯨肉食(特に赤肉の食用)が全国に普及したのは昭和期以降で、1912年の『大日本水産会會報』でも当時、名古屋以東では、クジラの赤肉はほとんど食べられなかったと報告されている。1941年の調査でも、近畿〜中部の13府県・279集落のうち、半数以上の集落では赤肉を食べていない(「近畿中部地方に於ける鯨肉利用調査の報告概要」伊豆川淺吉1942)。
それより以前の江戸時代、「クジラは貴重で高価な食べ物だった」ことは、本書にある通り(p78)だし、本書で紹介されている『鯨肉調味方』も、実は鯨肉消費拡大を狙った“提案レシピ集”だったとも言われる。
つまり、我が国の鯨肉食に長い歴史があることは事実だが、それは決して、広く普く全国の庶民に普及した食習慣などではなく、地域的に大きな偏りのある、むしろ地方文化に近いものだったのだ。
さらに本書では、乱獲は欧米の捕鯨のみの問題であるかのように書かれているが、既に江戸時代初期には、我が国でも捕鯨による鯨資源の減少が始まっている。各地の『鯨塚』や『供養塔』等も、建立のピークは鯨の減少が顕著となった幕末期で、純粋な鎮魂よりむしろ、大漁祈願が主目的と考える方が自然だ。
また本書は、我が国独自の「網取式」古式捕鯨と明治以降のノルウェー式捕鯨との断絶に触れないが、この二つは同じ「捕鯨」と言いながら、必要な人員も配置も役割も全く異なる、全く別の産業である。そのため「網取式」を運営していた地域共同体=「鯨組」は、中央政府の支援を受けた新興資本の株式会社組織が輸入した「ノルウェー式」に対応出来ず、やがて、まるでこの新しい西洋文化に駆逐されるように次々と、地域共同体ごと、解体されていった。その後の昭和期に至るまで、日本の捕鯨船の砲手にはノルウェー人の雇用が続いており、つまり明治以降のノルウェー式捕鯨の導入は、我が国の捕鯨の機械化などではない。むしろ我が国の伝統的捕鯨文化の破壊だったのだ。
こうした事実を踏まえれば、「我が国の伝統である捕鯨・鯨食文化を守るために、南極海でのノルウェー式捕鯨を認めよ!」という主張は、全く支離滅裂であることが分かる。戦後の食糧難という特殊な一時期の記憶と、偏狭なナショナリズムとが、我が国本来の捕鯨・鯨食文化の理解を歪めているのである。私は「日本国民には捕鯨を行い、鯨を食べる権利がある」とする著者の主張には完全に同意だし、「我が国独自の捕鯨・鯨食文化を守らねばならない」という主張にも同様だが、それが決して南極海でのノルウェー式捕鯨を認める理由にならないことだけは、きちんと認識しなければならない。
もちろんこれとは別に、「南極海の鯨資源を食糧に!」という主張の是非は、今後、より客観的に評価されるべきだろう。しかしこの「南極海鯨資源の利用」と「日本の伝統的鯨文化の継承」とは、基本的に別次元の話だ。これを混ぜこぜにして「捕鯨全体にYESかNOか」などという、無茶な立論をしてはいけない。
本書の著者は、捕鯨問題の論客として高名だが、本書では無理な牽強付会や根拠のない断言、政治的な主張や感情論が目立つ。正直、期待外れと言わざるを得ない。これではとうてい“捕鯨反対派”の説得など出来るはずもないが、一方、日本各地の鯨文化の紹介には価値がある。評価が難しいが、星3つにしたい。
なお、日本の捕鯨史を客観的に知りたい方には、長崎新聞新書『
くじら取りの系譜』を推薦する。両書を読むことでより幅広い視点から、我が国の捕鯨文化を考えることが可能になるだろう。