本書を、食品偽装、遺伝子組み換え食品、BSE、日本の自給率の低下
などの問題に関する行政批判の一類であると高を括って読み始めると
カウンターパンチを食らうことになる。なぜなら著者は、近年の食と
農をめぐる議論の問題の本質は、我々市民(農民および消費者)の怠
慢と無責任にあると断言しているからである。よって、殆どの人にと
って、本書を読み進めることは、自分が如何にお任せ民主主義に甘や
かされた日本社会の市民であったかということを是認させられ、具体
的行動を強いられるという苦痛を味わうことになるだろ。
本著の中盤ではJAの怪しさ、農地と政治、企業の農業参入に関する問題
が論じられているが、既得権益を握る側がいかに具合よく延命してきて
いるかということを非難するに留まらない。このような現状を作り出し
たのには市民の行政監視の責任放棄が原因でもあり、マスコミが取り上
げ、自分にも被害が及ぶと感じるや否や、行政を批判し、善良な市民面
をするのは卑怯(無意識であっても)だとまで言い切っている。これと
よく似た例として、高層マンション建設反対運動などがあげられる。高
層マンションの建設を抑えたいのであれば、普段から条例作りを進めて
おけばよく、それを怠っておいて、隣地に合法的に高層ビル建設計画が
持ち上がると環境悪化を理由に反対を訴えるといったものだ。その反対
運動に費やすエネルギーロスを考えてば、欧米に見習って、事前に合法
的にトラブルの種を摘み取っておくための市民参加の政治的土壌の培っ
ておくことも必要であろう。このような問題からだけを見ても、常日頃
から自分に関することには責任を持つことが重要であると感じる。
個人的に面白いと思ったのは、「結章」で述べられている、日本農業へ
の外国資本・外国労働力の導入という提案だ。農業の担い手が減ってい
る現状においては妥当な策に思えるし、本当の意味での食の安全・安心
を考えるよい機会になるかもしれない。
詰る所、本書は食と農の枠組みを通じて、市民の責任放棄という日本社
会の病理を糾弾し、キャッチアップを終えた日本社会のあり方に指針を
与える貴重な書である。自分の思考の枠を広げられたという意味でも大
いに読む価値があった。