最初から最後まで読みましたが、学生のレポートを読まされている気分でした。問題が難しすぎたのかもしれませんが、分析の仕方がとても浅いのです。アメリカの二流コンサルタントの著書を読んでいるような、在り来りの分析と提言に終始しています。
たとえば、(技術者の)「タコツボ化」ということばを使っている論文がいくつかありました。「タコツボ化」という表現を見付けたら、あるいは借りてきたら、それだけで安心してしまったのでしょうか。その後の考察がタコツボとい言葉から連想される範囲に限定されてしまっています。むしろ著者たちが「タコツボ」に入ってしまっているようです。
成功した企業の事例を一つか二つを引用して讃える、という相変わらずの方法もいくつかありました。もしも、毎日脂っこいものと塩辛いものを食べ、百歳まで元気に働いていた人がいたとしたら、著者たちは、それが長生きの秘訣だと主張するのでしょうか。そうでないものを食べていたら、百ニ十歳まで元気だったかもしれないとは考えないのでしょうか。また、同じ食生活の他の人たちのことは全く考慮しないのでしょうか。同じ戦略を取っていくつの企業が成功し、いくつが失敗したか。それが重要なのです。
何か珍しいことを一つ見つけたら、あるいは今までに誰も言っていなかった(と自分では思う)考えを一つ思いついたら、もう考えるのを止めてしまっているようです。経営学では日本は発展途上国ですから、回りに優秀な研究例が少ないのかもしれません。ですが、そこで止まっていたらいつまで経っても日本の経営学は二流のままです。見つけたり思いついたりするのに要した何倍もの時間をかけ、考えに考え抜き、他の研究者の論文と比較し、練りに練ってから世に出してほしかったと思います。
引用文献の少なさにも驚きました。大抵は単行本が数冊です(15報をあげている著者が2名いましたが、それでも少なすぎると思います)。その本には有名な論文が多数引用されているから、と言うのかもしれません。ですが、原典をじかに読んで、その著者を乗り越えるつもりでなければ、新しい研究はできません。他人の解釈を介する限り、他人の理解の範囲内でしか理解できないのです。
学生のレポートと感じたもう一つの理由は、学んだことをむりやり現実の問題に当てはめたような書き方だからです。これでは研究といえません。勉強です。現場の技術者の論文も、日頃感じていることをまとめただけに見えます。視野をもっと広げて観察したことを一般化し普遍化する努力が必要と思います。まず、分析方法のイノベーションが必要と感じました。
なお、最初の総論で日本の進むべき方向として提案されている三つのうち、最初の「デザインドリブンイノベーション」というのは、イタリアの Roberto Verganti が提唱した考え方かと思います( Harvard Business Review, Vol. 84 (2006), No. 12, pp114-122 )。Verganti の最新の著書は
Design-Driven Innovation です。日本が学ぶべき点が多いかもしれません。ですが、そのまま借用するのではなく(勉強ではなく)、著者なりに消化し批判し改良して(研究して)、その上で読者に紹介してほしかったと思います。
二番目の「すり合わせ型」というのは、アメリカの Karl Ulrich の提唱した integral and modular architectures という分類を東京大学の藤本隆宏さんが日本に紹介したときの言葉ですが、世界がおしなべてモジュール化へ向かう風潮の中、日本だけがこの方法で進むのは簡単ではありません。
残りの「脱成熟化」は Abernathy らが
Industrial Renaissance (1983)で示した概念ですが、ただ叫んだだけで成熟化の方向が逆転するものでもありません。実現する手段を示さないで言葉を借りるだけなら誰でもできます。
日本の経営学は二流と書きましたが、一流の経営者はたくさんいます。学者は勉強する。経営者は目の前の解かなくてはならない問題を解く。その違いだと思います。いつまでも脱亜入欧の勉強の姿勢では、世界の水準に追いつけないし追い越せません。海外の研究から学んだ知識を日本の中で競い合うのではなく、英文で論文を書き世界の研究者に引用されなくてはなりません。