歴史的な経緯から見れば長屋王が聖武天皇に匹敵する有力な天皇候補だったことは明らかなのだが、私はそれがどうしてなのか、永い間得心が行かなかった。確かに聖武の母親は皇族ではないにしても、長屋王の場合は親王ではなく、しかも父の高市皇子は母親が皇族でないために天皇候補から外れた人ではないか。なるほど長屋王の母も妻も有力な皇族で、長屋王が華やかな雰囲気に包まれているのは確かだとしても、聖武との比較においては血統の優劣はハッキリしているのではないか、と。
ネタバレ的に言えば、橋本は天智からの女系の血統を辿ることによって長屋王の重さを示すのだが、私が「橋本治ってすごいな〜」と思うのは、最初から天武からの男系の血統と天智からの女系の血統が拮抗していたというような図式を持ち出すのではなく、草壁の子、そしてその子へと皇統を継いで行こうとする持統→元明→元正の女帝の連係プレーの過程で、意図せざる結果として天智の血統が明確に浮かび上がってくる様を解析しているところ(p93〜)。参った。
他にも「なるほど、そうでもあっただろう」というような指摘は数多く、そのいずれもが、実にほとんど『日本書紀』『続日本紀』といったチョー基本文献の記述に基づくごく真っ当な心理分析によっていて、こういうことは講壇の歴史研究者には出来ない仕事だろうなと思う。