日本の国会がなぜ、メディアで出てくるような問題発言や乱闘やら証人喚問やら中身のない話ばかりやってるんだろうか、という疑問に本書は答えている。西欧諸国に比べ、日本の国会では内閣が議案の審議に介入しづらいシステムになっている。審議日程も法案修正も困難である。その上、会期中に可決されなければ自動的に廃案になる。そのため55年体制以降、国会入りの前に与党・自民党による事前審査で実質的な討議や法案修正が行われ、国会審議に入ってからは手続きや審議日程などセレモニーが一番の課題になった。議会の信任を受けた内閣といえど、ひとたび議案を提出すれば議会では何も出来ない。内閣としては、国会入りしてから内閣にとって不都合な修正が与野党で合意して勝手に加えられたら困る。事前審査で一言一句決め、党議拘束をかけてから野党の罵詈雑言を受けるセレモニーを国会で演じる、という方法がみんなにとって都合が良かったわけだ。このように、議会内閣制という戦前からのスタイルに、アメリカ的な独立性の高い議会制度を接いでしまったために、国会審議が空疎化した、と著者は見る。
二院制の問題点や改善点の指摘も興味深く読んだ。参議院は総理大臣と予算の優越以外は全く同格の権限を持つために、表向き衆院のカーボンコピーのように見られてきたが、民主党が第一党になり、ねじれが始まってから国会同意人事が次々に否決されたり、問責大臣が退任したり、今まさに予算関連法案で三分の二の再議決の問題がクローズアップされている。参議院が拒否権を持つ限り、選挙制度が衆院と似てしまうのは避けられないし、独自性は発揮できない。拒否権や閣僚ポストを返上し、自由討議に専念する方がよいのではないかと指摘している。
国会史から今後の課題まで、大きなスケールの話を新書というコンパクトなサイズに収めており、内容も平易で読みやすい。空疎化を根本から変えるには憲法改正が望ましいが、60年経っても出来ないんだから、憲法改正に関係ない手続き論(議会内で事業仕分け、丁寧な請願の審議、通年国会化など)からやりましょうという著者の考えにも同意できた。