著者によれば、日本民族の第一の使命は現在の危うい人類を自滅から救う事であるという。
日本民族の中核には小我ではなく真我を認識している人々がいる。人の心の悲しみを自分のごとく感じることのできる人達である。対して西洋人は自分=小我でしかない。真我を持つ人々は自然に衆善奉行が出来る。その次に準中核の人々がいる。この人達は武士道精神や大和魂を自分だと思っている。小我を自分だとは思っていないが真我までには至らない人々である。これらの周りに、まだ小我のままに留まっている日本人がいる。この中核の人々を中心として世界を救うのが日本人の使命だというのである。
しかし、GHQによる憲法制定や3Sの施策によって、日本民族は堕落したため、日本民族の滅亡だけは何としても防がなければならないという危機感を著者は持っている。
日本は日露戦争終結までは良かった。結果、大戦後にGHQによって、天皇制の行き過ぎを矯正され、軍国主義を捨てさせられたが、これらは日露戦争直後に日本民族自身の手ですべきことであったという。それにしても天皇陛下への敬意や人民の伊勢の内宮に対する信仰が戦後、非常に薄くなってしまったのは残念でならない。物質主義やそれをベースとした自然科学だけでは行きづまる。
日本民族を再生するには教育である。自分とは心であることに目覚めさせなければいけない。そしてそれを日本民族の心らしく育てあげなければいけない。人の本体は情である。その人が納得するとは情が納得することである。知や意は関係ない。まして日本民族は情の民族であると語られている。
日露戦争以後、日本の教育は知が先になってきた。「理性主義」がそれである。さらに戦後は意が先になってきた。民主主義、共産主義といったイデオロギーがそれである。日本民族の教育は、何物にも増して、日本民族を熱愛するように教えなければならない。それが日本民族再生の端緒となるのだ。