最後の方に「広島にどうして原爆が落ちたのか」という章がある。
読んでいて、いやなことを思い出した。
1975年10月31日の昭和天皇の日本記者クラブの会見である。
「えー、この、えー、原子爆弾が、えー、投下、された、ことに対しては、えー、えー、遺憾には思ってますが、えー、こういう戦争中であることですから、どうも、えー、広島、市民に対しては、気の毒で、あるが、やむを得ないことと、わたくしは思っています」
当時は平和天皇という偶像を信じていたので、いやな感じがしたが気にしないようにしたのだが…
今になってみると久間元防衛大臣の失言と同じである。
木戸幸一も巣鴨の尋問(1950.4.17)で「陛下や私があの原子爆弾に依って得た感じは、待ちに待った終戦断行の好機を茲に与へられたと云ふのであった」と語り、1997年に公開された「政治談話録音」で「原子爆弾も大変お役に立っているんですよ。ソ連の参戦もお役に立っているんです」と語っていた。また米内光政も…
原爆によって広島にあった第二総軍は壊滅したが、畑俊六元帥のみ被害を免れた。偶然であろうか? 偶然でなかったとしたら恐ろしいことである。