読了したとき、これは、是非、思春期のこどもたちに読んでほしい書籍だと思った。
今日、こどもたちは、否応無しに「自分探し」という「内面探求」に駆りたてられているが、そうした風潮に対して、個人的には、そこに一定の価値があることを認識しながらも、釈然としない感覚を茫漠といだいてきた。
そこには、そうした内面探求を補完するものとしてとりくまれるべき歴史や文化等の外的な文脈に対する探求が完全に欠如しているように思われたのである。
そうした狭隘な内面主義にもとづいた「自分探し」は、必然的に、自己というものがいっさいの歴史的・文化的な条件を排除した真空空間のなかに存在するものであるかのような幻想を蔓延させ、結果として、実は非常に歴史的な概念である「個性」という亡霊にこどもたちを取り憑かせることになる。
発達心理学が指摘するように、思春期における内面探求は全てのひとがとりくむことになる重要な課題であるが、それを真に意味のあるものとするためには、自己の歴史的な文脈を把握して、そこに自己の存在が連なっていく生命の潮流の脈動を認識することが非常に重要となる。
実存主義心理学者のロロ・メイ(Rollo May)は、人間が共同体を健全に維持していくためには――たとえ共同体の価値観がどれほど合理的なものとなろうとも――神話の共有が必要とされると指摘するが、今日、われわれが、個人として、そして、民族として真の意味の成熟を獲得することに失敗しているのは、歴史的な文脈に根差した神話を共有することに悉く失敗していることにあるのではないだろうか。
この著書は、そうした現代日本の危機を克服するための洞察に溢れた作品であり、また、そこで価値ある貢献をなすことができる作品であると思う。
平易なことばで丁寧に書かれたこの作品は、われわれが、今、自己の置かれる時代的文脈の特徴と病理について透徹した巨視的視野をあたえてくれることだろう。