1910年生まれの著者が「アジア」という言葉に込めている意味は、半世紀後に生まれた私がこの言葉から思い浮かべるイメージとはかなり異なっている。それは第二次大戦後の日本ではほとんど顧みられなくなった、日本とアジア諸国との連帯を掲げる「アジア主義」の文脈で語られるアジアであり、具体的な地域としては、戦前の日本人が最も深く係わりあったアジアである朝鮮と中国を指している。
著者は、戦前の日本人は心中に深いアジア認識を持っていたという。そのアジア認識には大きな誤解が含まれていたにせよ、ともかく当時の日本人がアジアについて考える姿勢を、近代化の進展の中で主体的に形成していったことを大きく評価し、この姿勢が敗戦によって否定されたのはやむをえないが、そのために大切なものを失う結果になったのだと続ける。それは、明治以来つちかってきたアジアを主体的に考える姿勢であり、またアジアの一員としてアジアに責任を負う姿勢だったという。
著者はさらに、朝鮮という国を滅ぼし、中国の主権を侵す乱暴はあったが、ともかく日本人には朝鮮や中国との関連なしには生きられないという自覚が働いていた。侵略はよくないことだったが、しかし侵略には連帯感のゆがめられた表現という側面もあり、無関心で他人まかせでいるよりは、ある意味では健全だったと語り、戦後の日本人がアジアに対して主体的に係わろうとしない姿勢を批判していく。