この本で明確に述べられている重大なことは、
1)民主党は完全に財務省に支配された、ということと、
2)その財務省の最大の課題は消費税の増税がすべてである、ということである。
過日、その財務省のシナリオ通りに首相となった野田氏だが、その民主党代表選の前に、松下政経塾時代の野田、前原氏の恩師だった、みんなの党の江口氏は
「彼は今や財務省の操人形」と評していた。
“大連立”という言葉がたびたび民主党から出てくるのも、
大増税を民主・自民で決めてしまえば、国民はこれを止める手立てがないから、という財務省の思惑なのである。
このままの円高が続けば企業は海外に移転するしかなく、そうなったころには諸外国は「日本には国の借金を返済する力がなくなった」と判断され、
大幅な円安を招き超インフレが起こるという最悪のシナリオが待っている、のだそうだ。
経団連が泣いて喜ぶだろう。
そういった状況を回避し、一流の国として再生するためには「身分制」となっている公務員改革しかない、というのが、「
官僚の責任 (PHP新書)」でも述べている、古賀の主張なのだが・・・。
自公政権時に古賀が作成し、渡辺喜美行革大臣の奔走で、紆余曲折を経て実現の一歩手前までいった、公務員制度改正案の成立をぶち壊したのは、
「手柄は与党になったときの民主党でいいのだ」とこれを蹴飛ばしの指示を出した小沢一郎だった。
その小沢が財務省支配となった民主党で“殺されている”のは皮肉な事態だ。
そして昨年「退職管理基本方針」が閣議決定し、役人のやりたい放題になった。
少なくとも向こう二年の間に抜本的改革をなさないと、90%の国民は「生かさず殺さす」以下の状態に追い込まれ、国は破綻するだろう、という。
なぜ二年なのかがわからない。
その抜本的改革とは、古賀の主張によれば、公務員制度改革である。
それができれば、この国は一流の国家として再生できるという。
古賀は生粋の官僚だけあり、所々表現とか考えに、ゾッとするような冷たさを感じさせる部分があった。
対談者にも疑問符がつく。
そして、構造改革主義者でありTPP賛成者だ。だからこそ、地下鉄民営化や増税、TPP参加を訴えるどこかの市長に雇われている。
そこが古賀の限界だ。
一般に受けているのは、公務員制度改革だけ。それを一般受けすることは何でも掲げる、みんなの党が採用しているのだ。
経済オンチである、というのは生やさしいか。
旧体制の申し子、といっておく。