基本的に「ある日」という出だしではじまる日々の雑記。
出かけた場所で出会ったひとびとをつづった文章はユーモアに溢れてはいるものの、結構残酷ですらある。モデルになったひとたちが自分について書かれた箇所を読んだら、うれしい気持ちにはなれないのではないかと思わないでもないが、この残酷さは作者自身にも向けられるから嫌味な文章では全くない。
『富士日記』と比べて、この『日日雑記』は全体的に寂しさが色濃い本である。『富士日記』も、下巻は、夫の泰淳がどんどん衰弱していく姿が描かれていて、最後は悲しくならないではいられないのだが、それでもあの本にはまだ生気があった。対して、この『日日雑記』は大切な人たちや身近な人たちに先立たれて、この世に残されたものの孤独みたいなものが底流にある。泰淳のハエタタキの逸話やら妻子にお金を渡す泰淳を回想する作者の姿はせつない。
「部屋のテレビで、ベルイマンの映画を延々と深夜まで観た。ベルイマンの映画をみていると。夫婦っていいなぁ、と思う。」という文章がラストなのがいい。