厩戸王子らの父である大君が斃れ、後継者争いは一層激しさを増す。
しかし王子は自らは名乗りを挙げず、御しやすい相手を祀り上げるために
権謀術策、人を操ることのみに専念する。 その真意は毛人にも読み切れない。
崇仏派と神道派、支持を得るための寝返り、更に血筋まで絡み合った諍いは、
遂に蘇我・大伴連合軍と物部軍との全面対決という局面を迎える。
神輿として戦場に担ぎ出された若い王子達の中に、厩戸王子の姿もあった…
…王子の孤独さ、繊細さ、その結果としての残酷さが非常によく解る2巻です。
異能の片鱗を持つ母、その愛を乞い期待する度に拒絶される王子は哀れです。
王子を愛する義務を感じつつ恐れる母は、己の中の異能も認めたくないのでしょう。
そしてそういう二人を見てしまうことで、毛人の王子への同情は募ります。
王子が毛人に語った『誰だってやろうと思えばやれるのだ』という言葉は、
山岸先生が他作品で書かれていた「子供のスプーン曲げ」を思わせます。
王子に陥れられ命を落とした者達が亡者となって出てくるのも十分異能ですから、
常識に繋がれている間は能力を制限されている…という考えは理屈が合っています。
戦場の累々たる屍を踏み拉き、ただ通り過ぎてゆくだけの仏の行列を見詰める王子は、
「仏は人を救わず、人は仏になれない」ということを誰よりも痛感しており、
それは独りの生きている人間として、何と悲しく辛いことだろう…と胸が痛みます。