そうか、山地元治第一師団長か。彼なら仕出かしそうなことだなぁ。
日清戦争のさいに起きた「旅順口事件」については、古くから、「清国軍に斬殺された日本兵の首切死体を見た日本軍兵士が激高して暴走した」と言われて来たが、末端兵士の暴発だけにしては規模が大きすぎて、まだ何かあるように思えた。
激発の張本人が実は師団長だったとなると、なるほどと説明が付く。
のちの南京事件も、第2次大戦後しばらくのあいだは「末端兵士の暴走」で片付けられていたが、その後、研究が進んで、じつは、中島今朝吾師団長、佐々木到一旅団長クラスの「命令」で、武装解除した捕虜を不法に殺戮していた事実や、市街戦終了後もなお中国軍将兵と非戦闘員を区別しない敗残兵狩りを行っていた事実(ただし被殺者30万人は中国側の拵えた虚妄。実数は、おそらく4万人±2万人というところ)が明らかになった。
そっくり同じことが、すでに日清戦争の段階で日本軍によって行われていたというわけだ。
旅順口事件そのものは、日清戦争当時の外相・陸奥宗光の手記『蹇蹇録』に記されているので昔から好く知られていた。
しかし、いまひとつ主体や規模がはっきりせず、有耶無耶のうちに頬っ被りで済ませようという雰囲気が日本側に強かった旅順口での虐殺事件だったが、本書により、その規模、命じた主体、具体的経緯、報道記録など、すべて明確にされたといえよう。
決定版ともいえる、たいへん充実した研究で大いに高く評価できる。
無論、いまさら百年以上もまえの旧日本軍の汚点を責めても始まらないという声も出ようが、戦争というものは、たとえ国家の主権行為であり、将兵は職務として戦闘を遂行しているのだといっても、こうした事件を引起す危険性を常に孕んでいることを肝に銘じておかなければいけないことを強く戒められた。