改めて言うまでもないことではありますが、『坂の上の雲』は小説であり、ノンフィクションではありません。司馬氏がエッセイなどで自身の歴史観を元にさまざま考えを述べていたことは確かですが、所詮小説家というのはストーリーが元にあって「そうあって欲しい」というバイアスをかけて史料を読むので、その見解を事実ととらえてはいけません。
・・・と念のため前置きしておいて、この本の真価は、要塞戦、塹壕戦の実態を旅順攻防戦を教材に読者にわかりやすく教えてくれるところにあります。(司馬遼太郎批判はそれほどはでてこない)初めに塹壕戦の技術的ポイントを教えてくれ、次に時系列で旅順攻防戦の双方の駆け引きが描かれます。原則は原則、しかし、個々の戦場ではさまざまな要素があり、かならずしもセオリーどおりにはいきません。
例えば、旅順では港内の艦隊の存在がキーになっていたが、それをめぐって海軍と陸軍の間に対立があり、それが現場での判断を拘束していたこと。一方のロシア側もセオリーどおりの篭城を厳命するステッセルに対し、出撃を主張し、陣頭に立つコンドラチェンコの方が戦術的には誤っていたにもかかわらず兵士には人気があったという矛盾を抱えていました。そして、勝敗を決したのは、陣地をどれくらい奪うかではなく、人命をどれだけ奪うかでした。これに決定的役割を果たしたのは、28サンチ砲でありそれを推進したのはある技術将校でした・・・
こういった内包されたドラマが読者に知的興奮を与えながら、軍事的知識皆無である私たち日本人に塹壕戦の知識も与えてくれます。
この時代の知識を現代にそのまま援用することは無理がありますが、例えば、イラク戦争でイラク軍があれほどあっさりと降伏してしまったことの原因を考察する上でのヒントになるかもしれません。
関係ないことですが、NHKスペシャル大河ドラマ『坂の上の雲』2009年秋からとは待たせますね。