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向学心と才能はありながらも、貧乏で病弱な宮本のパトロンをかってでたのが当時の経済界の第一人者、渋沢敬三です。彼もまた勉学の道を志したかったのですが、放蕩な父親の代わりに若くして渋沢家を継がねばならず、自分の志を才能ある若者たちに引き継いでもらいたいと思っていたのでした。敬三は、宮本の他にも多くの未来ある若者たちのために自分のポケットマネーを渡していきます。
貧乏で病弱でも、肉親の溢れるばかりの愛情を一身に受け、民俗学の道に邁進できた宮本と、金銭的には恵まれながらも、堅苦しく人情味に欠けた家庭の中で育ち、敷かれたレールの上を歩かざるをえなかった渋沢。二人はお互いに強く惹かれあいます。
この本は、人間・宮本常一と渋沢敬三の交流を、戦前・戦中・戦後を通して赤裸々に描くドキュメンタリーです。佐野眞一氏の淡々とした筆致の中に、自らの生を力一杯生き抜いた二人の姿が生き生きと浮かび上がる傑作だと思います。
宮本は現地を歩き、徹底的に調べて書く人であった。聞き取りの名人であり、メモも取らず完璧に記録する能力を持っていた。彼の民俗学は過去の遺物を集めるといった類のものではなかった。訪れた村の人々の生活をよくするにはどうすればよいかを常に考え、その活動は広く営農、営林指導に及んでいた。村の周囲を歩けば忽ち村の歴史を言い当て、畑の作物を見ればどのような肥料で育てているかを知った。その博識と鋭い観察眼に加え、農山漁村の人々と同じ視点で語り、また弱者への暖かい心を持っていたから、出会った人は必ず彼のとりこになったという。
こうした宮本の立場は、プチブル的ともいえる柳田国男とは異なり、また理論に現実を当てはめようとする、いわゆる進歩的文化人とも一線を画していた。
宮本は誇るべき学歴を持たず、権威とは無縁であったが、そのエネルギッシュな活動により、離島振興法の制定や国立民族学博物館といった国の事業の推進役にもなり、網野善彦、鶴見良行、司馬遼太郎ら民俗学以外の人々にも大きな影響を与えた。
前者については その後 佐野の宮本関係の他作を読み、宮本自身の「忘れられた日本人」も読み... 続きを読む
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