最近、古事記の現代語訳が次々に出版されています。古典に親しむ選択肢が増えることはまことに喜ばしい。でも翻訳は新しければよいというものではなさそうです。途中で投げ出したくなるような訳が多い。楽しくない。わくわくしない。なぜか。訳文の文体がふやけていて、しまりのないせいです。口語訳聖書を初めてひもといたとき、神がこんなやわな言葉づかいをされるはずがないとがっかりしたことを思い出します。
聖書はともかく、古事記に関しては、石川淳の名訳「新釈古事記」があります。石川訳は、訳者が「うわべの忠実を墨守しなかった」と言うだけあって、省略あり、評釈あり、脚色ありの自由訳です。しかし全体的に見れば、「逐語的に正確であるべき基本の筋」は守られていると言えるでしょう。その特色を言えば、文体の整いに尽きます。文語調の言い回しが多用され、簡潔で、力強く、歯切れが良い。文学的香気があり、気品があり、耳に快い。古事記を現代文で楽しむのなら、本書の右に出るものはありません。