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新訳 紫禁城の黄昏
 
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新訳 紫禁城の黄昏 [単行本(ソフトカバー)]

レジナルド・F・ジョンストン , 岩倉光輝
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商品の説明

内容紹介

清朝最後の支那皇帝にして満洲国皇帝になった溥儀のイギリス人帝師ジョンストンによる、支那近代史の解説書。映画『ラストエンペラー』の原作。本書は、宣統帝がジョンストンに贈った扇の写真の差し替え(完全に広げられている)、本文の若干の修正、及びジョンストン自身の序文がある、ゴランツ社から一九三四年十二月に発行された初版第四刷の全訳。岩波文庫版で省略された序章の一部、第一章から第十章、第十六章、及び注釈を含む。人名(親日政権に参画したため歴史から抹殺された人物など)、地名等の様々な新事実を明らかにし、第十章においては、張勲の自叙伝の原文(巻末付録として掲載)をあたってジョンストンの間違いを指摘した、新訳。紫禁城の黄昏の決定版!――――――――――――なお、本書の翻訳においては、第四刷を使用した。これは、第一刷と比較すると、多少なりとも修正されているからである。一番の修正は、宣統帝からジョンストンに贈られた扇が完全に広げられていることだろう(三二八頁)。それに伴い、終章の注11が削除され、その後の注釈の番号が一つずつ若くなっている。その他の主な修正は、康有為の海外亡命先に関する記述(一七頁)、馮玉祥によって監禁された曹コンに関する記述(二九七頁)、及び終章における梁啓超の言葉「新支那の歴史を書こうとする者は、その第1章に、一八九八年の事件について書くよりほかあるまい」に対して、「私はその提言に従って本書を執筆した」という一文を挿入したこと(三二 四頁)である。(訳者あとがきより)

抜粋

 一九〇七年、徐世昌は初代満洲総督に任命された。これは注目すべ
き出来事であり、満洲朝廷が満洲人と漢人の間にある壁を打破する必要性を認識
していたことを示す、最も象徴的な出来事であった。この時までずっと、満洲
王朝発祥の地である満洲は、皇室の直轄地として、将軍によって統治されてき
た。いわゆる支那帝国は実際には満洲帝国であった(一六四四年以来ずっと)とい
う事実を、ここで思い起こさなければならない。更に、革命派が一九一一年
の蜂起を正当化した主な理由の一つは、満洲人は異民族であり征服者なので、漢
人を支配する権利はないというものだった。こうした事実は、満洲皇室による
一連の満洲政策と明らかに関係があるので、看過してはならない。一九〇
七年、満洲はこの時初めて、行政上、支那本土の各省と同列となり、遂にあの崇
高な地域への漢人の入植制限が廃止された。
 この行政上の転換が、満洲朝廷自体の手によって実施されたことは注目すべき
である。それは、東三省を支那に寄贈するためではなく、国政上の実際
的な理由と、満洲人と漢人を共に一大家族の一員と見なしていることを、朝廷が
示したかったからである。更に、日露戦争の結果、遼東半島(旅順、大連を含む)
と南満洲からロシアが駆逐され、この地域のロシアの権益が日本に移譲された後
に、満洲の地位の変化が実施されたことも注目すべきである。一八九八年早々に
は、満洲は既に実質上ロシア領となり(満洲在住のイギリス人による)、一九〇
〇年には、支那は東三省をすべて失ったと支那歴史家に言わしめるほど、満洲
に居直ったロシア軍が勢力を強化したことも忘れてはならない(注8)。日本は
一九〇四?五年に満洲のコウ野で闘った日露戦争に勝利した後、戦場においてロ
シアから奪った権益は保有したが、それらの権益が属している地域は、ロシアに
強奪された元の支配者に返還した。もちろん、元の支配者とは満洲朝廷のことで
ある。支那朝廷という名称は専門的には正しくないだろう。というのは、支那語
における支那帝国の正式名称は、中国(支那)ではなく、大清国であり、最も近い
同義語は満洲帝国であるからだ。大清というのは、満洲の支配者が征服者として
支那に侵入する数年前に採用した、王朝の名称であり、その後も使われ続け、広
大な全領土に適用された。支那は単にその広大な領土の中の、最大で最重要の地
域に過ぎなかった。国名に王朝名を使用することは満洲人の発明ではない。異
民族や漢民族の歴代王朝の慣例に従っただけである。支那帝国や
支那皇帝という名称は支那や満洲の慣習にはなく、支那の慣習的用語や朝廷用語
に精通していない西洋人によるそうした名称の使用を、支那朝廷が黙認している
に過ぎない。
 初代満洲総督の徐世昌は漢人であったが、満洲は特別な地域である、と朝廷
が引き続き見なしていたことは明らかであった。例えば、徐世昌の後任者錫良は
モンゴル人であったが、満洲同様皇室の直轄地として扱われていた熱河の
都統を既に経験していた。また、宣統帝の御代の最後の年に当たる一九一一年に
は、錫良の後任に趙爾巽が就任した。趙は漢軍八旗に属しており、実際には満洲
人と同様に扱われていた。
 一九〇七年、汪大燮(後のロンドン駐在の支那公使)は第二次視察団々長とし
て、憲政研究のために欧州各国を歴訪した。同年、孫文と黄興が広西省で反
乱を企てたが、あっさりと鎮圧され、孫文は再び海外亡命を余儀なくされた。
 その頃、学生の政治活動禁止令が初めて発布されたが、ほとんど影響がなかっ
た。支那の学生運動が政局に重大な影響を及ぼすのは、辛亥革命のずっと後の
一九一九年以降のことである。(第4章、45-6頁)

登録情報

  • 単行本(ソフトカバー): 366ページ
  • 出版社: 本の風景社 (2007/2/10)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4939154041
  • ISBN-13: 978-4939154041
  • 発売日: 2007/2/10
  • 商品の寸法: 21 x 14.8 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
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世紀の名著 2008/6/25
形式:単行本(ソフトカバー)
言うまでもないが英人R・F・ジョンストンがまさに消えゆく満洲王朝(タイトルの由来はそこから)と宣統帝の帝師としての実体験をつづった名著である。

すでに国内に邦訳は戦前から4冊出ているがすべて初版本を基にしたもので、注はほとんど省かれた不完全なものだった。

渡部昇一氏と中山理氏が『完訳 紫禁城の黄昏』を出したが、これも初版本を基にしたものなので原著の間違いをそのまま訳してしまった。

この「新訳 紫禁城の黄昏」は、原著の間違いをジョンストン自身が修正してだした第4版を基礎にしており、なおかつ訳者の岩倉光輝氏が原文の固有名詞の間違いを修正したものである。

訳文は現在出ている他の邦訳に比べて読み易く、表現も理解しやすい。
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