Frederick Taylor の1911年の著作 The Principles of Scientific Management の翻訳です。ですが、今となっては歴史的な価値しかないと思います。単に「作業分析」について知りたいのでしたら、100年前よりも進化して洗練された現代の方法があちこちの工程管理の本に紹介されています。
もしも経営思想や工場管理の歴史を研究するのでしたら、この Scientific Management は外せないかもしれません。ですが、この本は翻訳があまり上手でありません。ところどころ明らかな誤訳もありました。
原著は、すでに著作権が切れているのでしょうか、インターネット上に全文が公開されています。印刷された形で読みたいのでしたら、安価な
The Principles of Scientific Management や
The Principles of Scientific Management があります。
Taylor の前提は、いわば Douglas McGregor の Theory X と同じです。つまり、
1. 人間は自ら進んでは働かない。
2. 働かせるためには賞罰(アメとムチ)の動機付けが必要。
というものです。その結論は従業員を「トップダウン」で管理することでした。従業員同士の関係は「競争」です。
その後、 McGregor や Abraham Maslow が登場し、「いや、そんなことはない。人間は条件次第で自ら進んで行動する」と考えて( McGregor の Theory Y )、さらには、 Edwards Deming の考えや日本の TQC が生まれました。Taylor とは逆の「ボトムアップ」の考え方で、従業員同士の関係は「協力」です。
Taylor が批判されるのは、作業者からの発想やチームワークを無視している、というか気付いていないからです。Taylor の考えでは作業者の役割は労働力を提供する家畜や機械と変わりません。労働者の利益として報酬を強調していますが、労働意欲をもたらす上で大切なのは、 Maslow や McGregor が後に示すように、自己実現と経営への参加です。
経営に関する Maslow の論文を集めた
Maslow on Management (翻訳は『
完全なる経営』)は、実用性はわかりませんが、勇気を与えてくれるとても感動的な本です。また、 McGregor の
The Human Side of Enterprise (翻訳は『
企業の人間的側面』)も是非読んでおきたい良書です。
なお、Taylor については、『
経営理論 偽りの系譜』で、一章のみですが、批判的に触れられています。有名な銑鉄の板を運ぶ実験などの裏話が読めます。助手の証言では、意図的に数字が書き直されたそうです。この本の主張も、著者の言に反して、労働者のためにはならなかったようです。大きな図書館なら置いてあると思います。
翻訳について触れますと、第一章の最初の文は次のとおりです。
The principal object of management should be to secure the maximum prosperity for the employer, coupled with the maximum prosperity for each employee.
この後も繰り返し登場する maximum prosperity がこの本では、「限りない繁栄」と「最大限の豊かさ」となぜか経営者と従業員で別の表現をしています。科学的管理法が経営者のためだけでないことを強調するために、著者は意図して経営者と従業員に同じ文言を使ったのではないでしょうか。また、動詞 secure を「もたらす」、「届ける」としていますが、この語はもっと強い意味なので、「確保する」あるいは「約束する」のようにすべきと思います。
二つ目の段落も少し変な翻訳ですが、大勢に影響がないので飛ばします。三つ目の段落は次のとおりです。
In the same way maximum prosperity for each employee means not only higher wages than are usually received by men of his class, but, of more importance still, it also means the development of each man to his state of maximum efficiency, so that he may be able to do, generally speaking, the highest grade of work for which his natural abilities fit him, and it further means giving him, when possible, this class of work to do.
後半の部分は、この本では「各人の効率を最大限に高めて、月並みな表現ではあるが、可能性の限りを尽くした最高の仕事ができるようにする。」とありますが、これは、
各自を成長させてこの上ない効率をもたらすことを意味し、そのほとんどが当人の生まれつきの能力に見合う最高の等級の仕事ができるようにする。
とすべきではないでしょうか。この本は generally speaking を「月並みな表現ではあるが」としていますが、これは誰でも知っているように「一般的に言えば」です。一般から月並みという連想が働いたのかもしれませんが、「細かいことを言わなければ」あるいは「概ね」という意味です。また、「可能性の限りを尽くした」などとぼんやりした表現をせず、 his natural abilities の「ちゃんとやれば引き出せるはずだった能力」というニュアンスをはっきり読者に伝えるべきです。
なお、ここには示していませんが、二つ目の段落の
the development of every branch of the business to its highest state of excellence
事業の全部門を成長させてこの上ない卓越性をもたらすこと
と三つ目の段落の
the development of each man to his state of maximum efficiency
各自を成長させてこの上ない効率をもたらすこと
の呼応を考慮しました。著者は経営者と従業員に同じ言葉や似た言い回しを用いることで、両者を対等に扱うことを強調しているようです。
明らかな誤訳というのは、上の「月並みな表現ではあるが」の他に、たとえば、六つ目の段落の
a more liberal policy toward their men will pay them better
を「リベラルな方向に人材観を変えれば・・・」としていますが、これは、
下に気前良くすれば儲けも増える
とすべきと思います。この場合の liberal は自由主義でなくて、ケチでない、太っ腹という意味です。また、次の
some of those workmen who begrudge a fair and even a large profit to their employers
を「適正な利益、まして大きな利益など・・・」としていますが、これは、
経営者の利益が公正となるどころか多少増えるのさえ嫌う労働者の一部
ではないでしょうか。副詞の even の意味は「でさえ」です。
同じ本の別な翻訳である『
科学的管理法の諸原理』が半年前に出て慌てたのかもしれませんが、後から出すなら品質で勝負してほしかったと思います。