『避暑地の猫』(昭和60年3月単行本刊行)の新装版。著者の作品の新装版が続けて出ていることをまずは喜びたい。
タイトルに「ノワール」と使ったが、当時このことばは一般的ではなかった。今ならそう呼んでもいいのではないか。軽井沢に広大な別荘をもつ社長一家(布施家)と別荘番一家(久保家)。二つの家族の長年にわたるおぞましい関係と惨劇。それが当時17歳だった修平の回想の形で描かれる。
久保家・・・足が不自由で寡黙な父、聖女のようであったはずの母、「異様な美しさ」をたたえた姉。そして修平。布施家・・・財閥の娘と政略結婚し圧力下から抜け出そうと画策する社長、プライドが高く毒のある夫人、二人の娘。二つの家族にかわされた約束と秘密に修平が気づき、ある偶発的な事件を契機に、破滅へと向かう物語である。彼らの秘密とは、我欲と悪意、歪んだ愛情、狂気・・・それらが複雑に絡み合うものであり、各人の口から断片的な告白がなされるものの、真実という像が結ばれる前に炎に焼き尽くされてしまう。いや、真実と呼べる確たるものなど果たしてあったのか。
秘密を知った修平も、地獄へと向かうことになる。人間のダークサイドがどんな巡り合わせによって拡大、変質するか。内なる「魔」が何によって熟し、何を為すに至るか。悪魔となった人間が何に裁かれるのか。ミステリアスに、淫靡に悲劇的に描かれ、強烈な印象を残す作品だ。
ねっとりと絡みつくような文体、謎を煽る文章、修平の入り組んだ内面描写、象徴的な挿話・・・若い読者のかたは少々読みにくいと思われるかもしれない。だが、事実が、人の心が錯綜する、恐ろしくも妖しい謎めいた物語には、いかにもそんな書き方がふさわしいと思う。歯ごたえのある作品を求めているかた、おすすめです。