昭和34年12月(司馬36歳)に書き下ろされた単行本の文庫化である。舞台を大坂にとり、軽妙な関西弁を駆使した短編が6編、収録されている。
「にわか」という即興のコントが江戸時代とくに大坂で盛んだったそうだが、司馬は本書を小説の大坂俄として書いたといった。その言葉どおり、それぞれに大坂人の気質や大坂の町の気分が巧みかつユーモラスに描かれている。
筆者はとくに「難波村の仇討ち」が気に入った。仇役の妹の純粋であけすけな求愛、計算高さ、可愛らしさ。こういう大坂娘、確かにいる。
以下、収録作品を簡単に紹介する。
【和州長者】
変死した旗本の奥方は4人の男と通じていた。黄泉路の道連れを選ぶため、毒杯を回す男たち。忠義のために命を捨てる江戸気質に対し、恋のために命を捨てる上方気質を描いている。
【難波村の仇討ち】
岡山から仇討ちのために大坂に出てきた若い侍を寄ってたかって骨抜きにしてしまう大坂人たち。軽妙な大阪弁の掛け合いがまるで落語でも見ているようでとてもユーモラス。
【法駕籠のご寮人さん】
若くして後家となった江戸生まれの女主人にあれこれと男友達を見繕う面倒見のよい大坂人の老番頭。新撰組山崎蒸と三岡八郎(のちの東京知事由利公正)もゲスト出演。大坂人のひとつのタイプとして「構い屋はん」を描く。
【盗賊と間者】
大坂の盗賊、天満屋長兵衛と新撰組近藤勇を絡ませる。権威を嫌い義理に厚い大坂人気質の典型。
【泥棒名人】
伊賀忍者の棟梁と技比べをする畿内随一の泥棒名人江戸屋音次郎。負けず嫌いでお人よし、というこれも大坂人のひとつの典型である。
【大坂侍】
士農工商ならぬ「商士農工」の大坂から脱出し、彰義隊に参加して武士の面目を立てよう意気込む同心鳥居又七。商人優位、実利優先の大坂の気分を描いて巧みである。