著者は経済財政諮問会議議員を初め多くの要職に就き、政策を立案実行してきた、経済政策の第一人者である。著者の経済思想は典型的ないわゆる新古典派経済学で、本書もそれを基軸に議論が進められている。日本ではいまだに規制があるため既得権益が存在する分野が数多くあり、もっと市場を活用すべきであり、それこそが効率化、格差是正につながると著者は説く。そこで市場を活かすことと自由放任は全く異なることを著者は再三強調している。数ある提言の中でも介護・保育市場や医療分野に関しての意見は尤もと思われる。また負の所得税の導入なども検討に値する。また金融市場における経済主体のインセンティブの重要性などもさりげなく指摘されている。
日本では未だ市場経済の思想が根付いておらず、昨今の金融危機以来市場経済や資本主義を否定する言説が流行する中で、本書は貴重な一冊といえ、是非多くの人に読んでもらいたい。また中谷巌氏など市場経済を標榜していたにも関わらず、金融危機以来方針転換した人も数多い中、新古典派の市場経済を一貫して主張し続ける筋の通った八代氏の姿勢も読んでいて気持ち良い。
ただ気になった点も結構ある。
タイトルの『新自由主義の復権』だが、新自由主義という概念は政治的なイデオロギーなども関係があり、本書のタイトルとして使う言葉としてはイマイチ不適切な気がする(著者は本の中で定義を試みているが、これがどう自由という概念と結び付くかなど曖昧ではっきりとしない)。評者は『市場経済の復権』などにした方がしっくりくる気がする。また新自由主義と対立する概念として「賢人政治」と「共同体重視」が挙げられているが、これらが本当に対立する概念なのか(少なくとも評者は)よくわからない。なおミルトン・フリードマンが唱えているのはリバタリアニズムであり、新自由主義との関係などは本書では触れられていないし、評者もよく知らない(不勉強で申し訳ないです)。
次にミルトン・フリードマンの「投機は価格を安定させる」という命題だが、これは古くはケインズの美人投票を初め、ゲーム理論による精緻化を経て、昨今ではあまり妥当な意見として考えられていない。このように新古典派経済学の限界といった側面があまり記述されていない。
また新書という紙面の関係からか、ロジックが飛躍するところも散見された(特に小泉政権の評価のあたり)。
また「ケインズ政策は指導者が賢人でなければ成り立たない」という記述があるが(本書p.25)、これは全く意味がわからない。そもそもここでの指導者、賢人とは政府のことであろうか。経済理論を政治学のような発想で批判しているため議論がかみ合っていないように思える。ケインズ政策が成立しないことが多々あるのは、端的に言うと、初期のケインズ経済学は期待を含めた動学的な視点が抜け落ちているからであり(いわゆるルーカス批判)、今日では期待を含めたケインジアンモデル(むしろDSGEというべきか)が開発されており、少なくとも政府の裁量的政策を全否定するような傾向はない。
最後に「市場主義は日本の伝統」なる章があるが、ここは蛇足ではないだろうか。「織田信長が生き続けていれば英国のような海洋国家をつくった」という主旨の文があるが、合理的な議論をする八代氏にしてはあまりに乱暴な意見で少々驚いた(最も歴史の専門家ではないから愛嬌として受け取ることもできる)。
これらの不満から星三つと少々辛口だが、新書ということもあり読者層や紙面の関係から著者はわかり易く説明したということもあるだろう。いずれにせよ市場経済の重要性、そして高質の市場を創ることがいかに難しいかを再認識する上で是非多くの人に読んでもらいたい本。余談だが、本書はミルトン・フリードマンの著作『資本主義と自由』のオマージュのような印象を受けた。