賢治童話はわかりやすく、ユーモラスで、少し悲しい。それが人気の秘密である、と単純に思っていた。しかしそれは違う。本書の中頃、「フランドン農学校の豚」で、何か本質的に違うものを感じた。そして「谷」「鳥をとるやなぎ」で理解する。天翔る独創、絢爛なオノマトペは、確かに賢治の魅力だけれど、それは一面でしかない。何しろ彼は詩人、言葉の達人である。
「豚」の悲劇性、「谷」「鳥」の端正な文章と底知れぬ不気味さは、賢治の心の深闇を垣間見せる。彼が決して天真爛漫な人でなかったことは年表をみるだけで明らかであるのに、私は不明にして気付かなかった。もちろん本書の白眉は表題作であろう。しかしそれは単なる、山村の小学校に紛れ込んだ異分子と土地の子たちとの交流の物語、ではない。この物語を覆う不可知なものへの「畏れ」の感情を、私は前から読み進めて初めて理解できたと思う。