一読、309頁に収載されたローマ字句以前と以降では明らかに作風が異なることが、一目瞭然であるように感じた。正に、桑原武夫の云うように『ローマ字日記』以後は「むつかしい雅語や漢字の表現からの脱却が可能あるいは不可避となり、そこに自由な新しい日本語の表現法が見出され、以後、啄木が、漢字かなまじり文で書くときにも、文体に自由さをまし、民衆的にして新鮮な表現をなしうることとなるのである」(同書岩波文庫版解説253頁より)。そしてそれは、啄木という一人の作家が小説の道からやはり歌の道へと回帰する上での、ある意味苦悩を通じて歓喜に至るかの、あるいは蛹から蝶へと脱皮するかのような道程であったようにも思われる。
以下、気に入った歌を幾つか:
「人がみな/同じ方角に向いて行く。/それを横より見てゐる心。」(177頁)
「何思ひけむ−/玩具をすてて、おとなしく、/わが側に来て子の坐りたる。」(207頁)
「子を叱れば、/泣いて、寝入りぬ。/口すこしあけし寝顔にさはりてみるかな。」(214頁)
「われいまだわが泣く顔をわが母に見せしことなし故にかなしき」(269頁)
「人皆はおのづから老ゆ奈何せむよろしく若き今を遊ばむ」(325頁)
「恋あるは恋に死ぬらむ才あるは才に死ぬらむすべて死ぬらむ」(354頁)
「角に皆炬火したる千頭の牛を放たば心足らむかも」(357頁)