南都七大寺の歴史、美術に興味があり、色々資料を集めています。
特に西大寺は気になる寺で、これまでにも西大寺に関する本は色々読ませてもらっています。
この本で、これまで知らなかった明治維新後の苦難の時代の事を詳しく知り、興味深く読ませてもらいました。
また、図版では、これまで見た事が無かった四王堂の四天王立像の天部四躯の全身のカラー写真が掲載されていて良かったです。
ただ、その四天王立像の解説文は、甚だ問題が有ると感じました。
まず、洲浜座と邪鬼についてですが、四躯とも創建当時のものと認められていますが、この本では増長天像の洲浜座と邪鬼のみが創建当時のものと書かれています。次に天部については、四躯とも文亀2年(1502)の兵火で西大寺が焼亡した時に焼失し、その後、三躯は銅造で再興され、多聞天像は左脛の下半部を除いて木造で作られたと断言されています。
多聞天像以外の三躯の文亀2年の兵火によるものと思われる修補、欠損については「奈良六大寺大観」の西大寺の巻に詳細が載せられています。それを無視した荒唐無稽な説だと思います。
この解説を書かれた方は、今は絶版になっている「古寺巡礼奈良 西大寺」(淡交社)の紛らわしい解説をもとに、この解説を書かれたのかもしれませんが、実際にこの像を見れば一目瞭然だと思います。
机上の産物のような解説を人に信じ込ませる事も問題ですし、大火を乗り越えて現存する残りの三躯の邪鬼に対しても失礼だと思います。