本書の冒頭およそ1/3は零戦の技術的記述に費やされている。
この部分に誤りや矛盾、根拠が不明な記述が数多く含まれている。
飛行機の旋回操作における方向舵の使い方(機体が滑らない様に左旋回する際に使うのは左ラダーである)や、航続性能は搭載燃料量とエンジンの燃費だけで決まるという記述(実際は機体の抵抗、重量の削減が必須であり、機体設計に大きく依存する)、機銃弾の初速は弾道にほとんど影響しない(旋回Gのかかる空戦中は無視しえない差となる)などが技術的誤りの(ほんの)一例である。
また、著者は海軍の計画要求書原案では、零戦は迎撃戦闘機として企画されたが、正式版では長距離掩護戦闘機としての要求が追加されたと主張されている。しかし、著者は原案を見ておらず、正式版との違いの詳細は不明とも書かれている。(加えて言えば、本書で引用されている計画要求書は、私が知る限り堀越氏の著書に書かれているものと、「目的」の項目で全然異なり、著者がどこから引用したか不明である。)
腰巻に書かれた「新説」と思しき記述も根拠があいまいなもの(「堀越氏にとって、零戦は会心の出来と言える作品ではなかった」など)が多く、「俗説」の否定も、従前の多くの著書ですでになされているか、もしくは上記技術的理解の誤りから導かれている。
後半部の戦記部分に関しては、記述の正当性を判断する材料を持ち合わせていないが、やはり根拠が明示されていないと感じられる記述が多い。
結論と思しき末尾の文章も、あたかも「零戦」というただの一戦闘機の性能が太平洋戦争の帰趨を決めた、などという議論を前提としているようで、「零戦」の位置づけを読み違えていると感じた。
【追記】
後半部分を精読したが、やはり根拠があいまいな記述(熟練操縦者が編隊戦術の導入の障害になった、など)や理論の破綻(操縦技量より射撃センスのほうが重要と述べておられるが、戦闘機の射撃は操縦の応用課題であり、操縦が下手で射撃がうまいパイロットなどありえない、など)が見られた。「乱戦になれば照準など不可能に近いので、ラッキーショットの多さが勝敗の分かれ目になる」などという記述は「運を天に任せる」と言っているに等しく、著者の意図が理解できない。
また、戦史に残された数字の恣意的な解釈や、主張の矛盾も散見され、全体を通じても、日米の工業生産力の差や戦闘に直結する技術格差(VT信管、ジャイロ付き照準器、排気タービンなど)にほとんど触れておられないなど、掘り下げが浅い感が否めない。
著者は多数の戦史を参照され、このような著作をものされたという努力を多としたいが、前半部分で指摘したとおり航空工学、航空機操縦の基本的知識が欠落しており、これを踏まえてなされるべき後半の議論にも説得力がない、と感じた。