面白い見方だなと思ったのは、日本共産党が武装闘争路線とそれを180度ひっくりかえした「歌ってマルクス、踊ってレーニン」みたいな方向へ無反省に方針転換して信用を失ったあとに五十五年体制がうまくリンクしているという指摘でしょうか。1950年のコミンテルンによる日本共産党批判、それを受けての51年の武装闘争方針の綱領発表と実践、それが大失敗したことによる53年の大方針転換とスターリンの死という流れになりますが、こうして大衆の支持を失ったところに、五十五年体制が生まれて、左翼の受け皿として社会党・総評が1/3勢力として台頭したというあたり(p.34-42)。
あと、面白かったのは盛り上がりを欠いた80年代〜90年代を新左翼諸派がどうやって生き延びてきたのか、というカラクリが書かれていること。その秘密は、早稲田、法政、明治などマンモス大学の自治会や生協を握り、学内の保守派と手を握って日共系の進出を許さないという一点で野合する形で、資金を得ていたというシステムがあったからなんですね。本人は大学の自治会をとれるほどの大セクトのボスじゃなかったから、あっけらかんと書けるのかもしれませんが。