サントリー学芸賞を受賞した「
サッチャリズムの世紀 新版―作用の政治学へ」の続編です。中曽根、ブレア、ブッシュの各政権の分析を通じて、サッチャリズムがもたらした変化がその後の日英米の政治にどのような変化を与えたかを検証しています。
しかし残念ながら前著のようなキレはありません。
前著では、イギリスの二大政党制についての文脈を根本的に見直すところから出発し、20世紀イギリスの住宅政策の伝統を解明することで、1970年代に社会構造にどのような変化が起こったのか、サッチャーはその変化を捉えてイギリス社会をどのように変えたのか、トータルに解き明かしていました。
同じことを日本で考えるなら、せめて戦後政治の大まかな変遷、日本の住宅政策、終身雇用制がいかに巨大な中間層意識を生み出してきたのか、それらの政治的文脈を検討したうえでの分析が必要でしょう。
しかし中曽根政権については、分析するのは首相の発言だけ。結局中曽根氏は文教政策や外交で目立つ政策を打ち出しながらも、結局は日本の保守政治を革命的に変えてしまったわけではなく、サッチャーの亜流でしかないと批判するにとどまっています。そもそもまずサッチャリズムは日本では可能か、また必要かという点から考察する必要があるでしょう。中曽根さんの発言だけをあげつらって批判しても、それは日本の政治の表面をなでているに過ぎません。
ブレア政権についても同様です。ブレア政権が本来の労働党の政治に戻ったわけではなく、むしろ事実上サッチャー元首相の政治手法を引き継いでいたことはわかりましたが、それだけでブレア政権が成立したわけも、10年も長続きしたわけもわかりません。
ブレア元首相は教育を最重要テーマに掲げました。サッチャー政権の下では教育がダメージを受けたことが容易に想像できます(世界的なベストセラーになった「ハリー・ポッター」シリーズも、背景には学校の荒廃があるのです)。ブレア政権の教育重視はそんな状況を見ての方針であったと思いますが、そのことについての評価はありません。ブレアさんが名門校出身のエリートだからといって、それが政権の質を決めるわけではなし、イギリス国民がブレア労働党に何を求めたかが重要だと思うのですが、それがさっぱり見えてこない。
ブッシュ政権についての章は、読むのをやめました。
結局前著の研究業績に乗って人物評をしただけの本としか思えませんでした。映画にたとえるのは申しわけありませんが、続編とはたいていつまらないものです。