最近になってこの本を手にしました。
福島原発事故を他人事と思わず気を引き締めて仕事に精励され、且つ事故後「原発いじめ」ともいえる状況に違和感を覚えておられるエンジニア諸兄(原子力に限らず総合的なクリティカルシステムに取り組まれている方々)に、是非本書を一読されることをお勧めします。本書は福島事故の6年も前に出版されたものですが、事故の大災害化防止失敗の原因のみならず、事故後のマスコミや反原発世論の幼稚さを言い当てているような本であるからです。
著者の柴田氏は、京都大学原子炉(KUR)の建設地決定(1961年)から定年退官(1987年)まで二十数年間に亘って、同炉の基本設計、メーカー細部設計指導、建設監理、地元/監督官庁交渉、炉の運用、設備の保守/改良、若手の育成等々あらゆる面で現場で先頭に立って京大原子炉実験所を率いてきた人である由。本の題名から想像できるように、筋道だって特定の命題を論じているようなものではなく、多くの多面的なエピソードを連ねる形で書かれており、気楽に読めるようになっています。しかし福島事故後の今読むと各エピソード(技術問題のみならず安全規制・報道・専門家/評論家への小言なども含まれる)が意味するところはそれぞれ大変含蓄があることが理解できます。
著者の主張を私なりに要約すると、原子力に携わる人には次のことが必須。即ち、「使命感」「実体験により体に染みつけた原子力特有の危険性認識と安全作法・危険予知力・緊急対処能力」「自ら考え抜くこと ―借り物技術や書物の知識で解った気になるな」「チームワーク ―統制がとれるとともに本音・本質で議論できるような」ということになりましょうか。これを一言で言おうとすると、航空・海事関係者の世界で(推進側・規制側を問わず)必須の基本とされるAirmanship・Seamanshipに相当する言葉が必要なのですが、Nucmanshipなどという言葉はないのは残念。
そしてこのNucmanship? を涵養する方法として、著者が1987年から近大原子炉を使って始めた「原子炉実験・研修」と同等なものを、各地域センターで工夫を凝らして実施することを強く推奨しています。(関連して、米国では原子力の平和利用を始めるにあたり、約80基の研究炉が全国の大学に設けられたこととか、著者が若年の頃取得した米国での原子炉のOperator License試験の概要などが語られています。―原子炉の起動停止20回以上の経験を要するほか、非常に現場的・現実的なものであるそうです。)
本書で著者が繰り返し表明していることは、『原子炉は本来危険なもので安全ではない。「安全になっているの」ではなくて、「安全にできるようにしてある」のである。できることをしなければ安全ではない。(p291) 原子炉は何千、何万と作るものではないから、敢えて言えば今後何年も成熟、完成は望めないかも知れない。』 ということです。
そして、上述のNucmanship? の精神と実務能力のもと、著者が京大原子炉に盛り込んだ安全策や運用開始後の安全性向上策、運用チーム指揮、地元や監督官庁の理解獲得、などのことが失敗談も含めていろいろ書かれています。「安全確保は最後の粘りが勝負」の一節では、予想を超える自然現象への備えの話も出てきます。
また、この厄介な原子力エネルギーを日本が絶大な努力してまでものにすることの意義、及び放射性廃棄物問題対処の方向性についても、著者の見解が述べられています。
さらに、本書が書かれた当時までの我が国の原子力事故のうち「原子力船むつの放射線漏れ事故」と「東海村JOC臨界事故」について解説されていますが、著者から見ると公式事故報告や報道が挙げる原因と対策提言なるものは、当を得ていないことが指摘されています。(p169-170&179, p179-181&345-350) 私には述べられていることはもっともな指摘だと思える一方、批判されているのと同様の「実務経験のない専門家」の手による「原因−責任―対策提言」が、いま福島原発事故に対してまとめられつつあるようにも思えます。著者柴田先生はもう90歳近い筈ですが、ご健在ならば福島事故やその後の報道・世論動向に関するお考えを拝聴したいものです。