守矢神長家の話では、建南方神を奉じた大祝が屈服させた諏訪の洩矢神=祭政体は御左口神である。そのミシャグチ神を降ろす為の祭器であった鉄鐸=佐奈技鈴は円筒形だ。また守矢家はかつて諏訪湖周辺の「湛神事」を司っていた。湛神事の場所では、水辺の植物の根や茎に水中の鉄分が沈殿付着して、鉄バクテリアが自己増殖して細胞分裂のうえ堅い団魂状の外殻を作るが、そこから褐鉄鉱が採れる。この中空の団塊を「すず」と呼び、それを振ると鈴のような音を出すという。
古代ではこれらを製鉄の原料とした可能性がある。製鉄の神は金屋子神であり、鍛冶職に信仰される神だが、死穢を好むとされ、たたら炉の周囲の柱に死体を下げることを勧め、死骸を下げると大量に鉄が取れるようになったと言われている。
諏訪大社の祭神となった建御名方神の「御名方」とは、炉を囲む四本の押立柱のうち、特に神聖視された「南方の柱」を指す名だ。金屋子神と建御名方神は同体でないかと考えられ、製鉄を共通項にそう考えれば、柱と贄の関係、すなわち人を贄としてを求める御柱祭の意味合いが解けてくるのだ。