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筆者の言う「述語的な科学」と、筆者の現象に誠実に向き合う姿勢がとても印象に残った。そして、私は、筆者のこうした知こそが関係性=ネットワーク的思考であると主張したくなる誘惑にかられている。
いずれにせよ、複雑ネットワーク関係を勉強する際、その背景にある物理学的な知見、思考がどのようなテーマをもっているかを学ぶには最適の書物であると思う。
誰もが一度は抱いたことがあるだろう。
多くの場合、それは科学が客観性を重視し、人間を基準とした価値体系を持たないためだと言われる。
しかし、この本の主張するところは、科学的知の問題は、価値の不在ではなく、
むしろ事実の客観性と主観的な価値は不可分な影響を与え合うとして、その言説をしりぞける。
著者は、既存の科学的な知のいびつさは、
原子や分子に代表されるような孤立したマテリアル、つまり主語に重きをおきすぎたためであり、
マテリアル同士がどのような関係で制御されるかという、述語的な科学のあり方を提唱する。
そこでは、マテリアルを孤立してとらえるのではなく、
その周辺条件が振る舞いの決定的なパラメータとなる。
別の言い方をすると、非線形性を持つ複雑な現象は、なんらかの形でフィードバックがはたらくということだ。
こうした見方は、ともすれば汎用性を欠き、
個別具体の状況ににしか適用できない知のあり方に陥るという危惧をもたれるかもしれないが、
著者は、カオスやフラクタル、カタストロフィ、散逸構造論、スケールフリーネットワークなどの、
複雑系と総称される非線形現象の分析手法が、いずれも物質的にはなんらの関連もない多様な現象において、
共通して適用可能であることをもってその反論とする。
これこそが、主語の重要性を認めつつ、それを横断する述語の知である。
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自分の周囲でも、経済、生命、感性、コンピュータ・ネットワークなどの多岐にわたる分野で、
こうした考え方が実際に利用され始めている。
それが、現象をよりよく知り、制御することに結びつけられれば、大きな可能性があると感じる。
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