センセーショナル題目に惹かれて思わず手を伸ばした一冊。
前半は、西洋哲学、政治思想の系譜から日本の神々の独自性を読み解く一章を皮切りに、マルクス主義者らの近代的精神の自滅、贖罪意識の根強い国内「知識人」による贖罪意識の移植を論じる。
中盤、日本文明の写実性の技巧を西洋建築から説明し、「ティーゼイション(茶化し)」、「別亜論」という本書のミソとなる部分へと読者を誘い、特定アジアと日本との伝統的隔絶性について論を進展させる。ここに至ると、我が国が東アジア圏内に包摂・区分されていることが、果たして妥当なのかという疑念が生じはじめる。
終盤、「悔恨共同体」なるかつての進歩的知識人の言葉を引き合いにし、ソヴィエト崩壊までの彼等の言論責任について述べる。あとがきのたたみかけるような文章から読んだほうが、論の趣旨を整理し易くなるのではないかと思う。
武士道をアイデンティティの担保にする保守本流・中道右派に読んでもらいたい。新たな視座が開けるのではなかろうか。文章中の語彙表現が多様で読み手の力量を要する点がやや難か。