労働問題のみならず生活のあり方も含めて、議論されていくべき論点と方向性をコンパクトにまとめた良書であると思います。
評者は、本書を戦後の労働運動のあり方をめぐってなされた「内包化・外延化」論争の現代版と位置づけます。企業別労組の枠を乗り越える「地域ぐるみ」の運動を展開した高野実に対して、大河内一男はそれを「外延化」と批判し、「経営の中に入り込む」ことによる企業別組合の補強(内包化)を主張しました。その後、日本の労働運動の主流は企業別組合によって占められる一方、地域の運動は○○ユニオンとして引き継がれました。
本書やブログなどの主張を読むと、濱口氏は「外で騒いでいるだけ」のユニオンより、企業別組合によって職場の民主主義が再構築されることを現実的だと考えているようです。つまり、外延化よりも内包化であると。確かに、企業別組合の変化、職場における民主主義の実現は重要課題です。しかし、「民主主義は工場の門前で立ちすくむ」と言われて久しいなか、主流の労働組合が自ら率先して民主的な組合運営、職場の民主化を進めていくと考えているのだとしたら、濱口氏を「リアリスト」だと評価することはできません。実際、今これほど労働問題への関心が高まっているのはユニオンが「騒いだ」からこそであり、主流の組合は腰が重いのが現状です。また、民主的な組合運営の模索を長年行ってきたのもユニオンなのであり、そうした活動を軽視して「新しい労働社会」を展望することはできないと考えます。
高野は、(民族意識のもと)内包化と外延化を分けて考える大河内の議論を批判しましたが、それは企業別とユニオンを分けて考える議論への批判にも通じ、敷衍すれば「ワーク」(職場)と「ライフ」(地域)が分かれてしまっている日本社会の現状ともつながるでしょう。濱口氏の「ワークライフバランス」に関する鋭い議論と労働運動へのバランスを欠いた視点の微妙なズレが気になったので、星を一つ減らしました。「民族意識」は「新しい労働社会」のメンバーシップの問題とも関連しますが、その議論は省略します。