親米保守ながら、世間が右に寄ってきたことで自称リベラルとなった寺島氏が、佐高氏自身が欠けていると自認する「世界の読み方」を佐高氏に教授するかのように、8割方話す対談本。
北方領土を日本に返還して、米が基地をつくりたいといった場合、日本はそれを断れるのか?
シンガポールのような管理権を渡さない在日米軍基地のあり方。
イラン革命に巻き込まれた戦後最大のプロジェクト、石油開発におけるインテリジェンスの貧困。
実は収奪するが、反英モニュメントも意識も残させずに撤退する、英の支配者の美学といった、日本に独立国家としてのステータスはあるのかを問う部分から、『ゴジラ』を戦災映画とし、続編で緊張感の薄れを、日本人の戦争・核への意識変化と捉えるサブカルチャー論まで、世界の中の日本を映し出す。
世界に出た寺島の視点には、寺島について初読でもあることから、新たな発見があり、同年代でありながら、日本で根を張った佐高と同様に、石橋湛山などを評価している点より、互いの共通項も見いだせた。
奴顔を晒し、惰眠を貪る事に何の違和感も覚えず、自分の頭でものを考える事なく、米の保護領として奴隷頭面を下げて生きているとの自覚をどれだけの日本人が持ち、そこからの脱却に行動を移すのか。
先ずは民主主義を国内で確立させねばならぬが、多様な文化を内包し、懐の深さを持ち、お互いが敬愛しあえる柔構造を、読者は体現できているのかも問われている。