マイケル・ブームがメディアの仕掛けたビジネスにすぎないと高をくくっている大人たちに、強く奨めたい。噛み砕いた飾らない文体なのに、古代の英雄伝やシェークスピアの悲劇のような読後感。しかもその主人公は、同時代のクリエーターでありコンテンツビジネスのエグゼクティブであり、かつスーパースターなのだ!
ビートルズとヒットチャートのトップ争いをした神童が、20代半ばに「スリラー」で空前絶後の世界制覇、音楽と映像を融合してコンテンツビジネスに革命を起こし、圧倒的なパフォーマンスで年齢性別国籍を超えた人々を熱狂させ、版権ビジネスを展開し、苦難にある子供たちの救済のため財団をつくって啓発活動を精力的に行いノーベル平和賞にノミネートされ、かつメディアの生贄にされて警察検察の暴力にさらされる。これが一人の人物に共存しえたこと自体が凡人の理解を超えている。
マイケルはいつ潰れてもおかしくない難局を、文字通り満身創痍で情熱的かつ冷徹に戦い抜いてきた。特に、前半のモータウン時代の過酷さとそこからのジャクソン5の脱出劇が本書の白眉だろう。一般には「ムーンウォークを初披露」と紹介される1983年のモータウン25周年のステージ。とびきりクールで鬼気迫るあのパフォーマンスが、モータウンの怪物的な「父」ゴーディーに最後の止めを刺す気迫の一撃であったことを私たちは知る。そしてマイケルはその怪物性を自覚的に受け継ぎながら「スリラー」を成功させ、彼の才能の飛翔を愛と惰性で押さえ込む両親・兄弟からの離脱もなしとげて、ひとり立ちするのだ。クインシー・ジョーンズという「慈父」とも自ら決別。名実ともにKingとなってからは、若い才能とともに傑作Dangerousを送り出すが、一方でリア王のように孤立していく。しかし運命は分かれた。マイケルは無頼に陥らず、絶望の淵で踏みとどまり、よき未来を信じ行動しつづけた。そして死の直前に和解と希望をもって素晴らしいステージを準備しながら、そのまま彼岸に駆け抜けていったのだ。
賞賛するにせよ、貶めるにせよ凡人は天才を自分のサイズに矮小化してしまいがちだ。しかし、その陰影への確かな洞察があってこそ天才の高みが理解できる。本書は謙虚な探求心と血の通った文章でそのことを説得力をもって教えてくれる。