世襲の試刀師であり処刑人でもあった山田浅右衛門の物語。
本書は、幕末の動乱が終息し、日本が西洋化を推し進めていく明治初期を時代背景にしている。武士の時代が終わり、試刀師という職人が不要となっていく近代日本。人道的な理由から斬首が絞首刑に代わり、人胆の生成も禁止されたため、山田浅右衛門の250年の家業に終止符を打たねばならないときがやってくる。
私が目を通したことがある鳥羽亮『絆−山田浅右衛門斬日譚』や、小池一夫原作 小島剛夕画『首斬り朝』の人情話とは随分趣が違う。
本書は、山田浅右衛門吉利(七世)と、吉豊(八世)、在吉、吉亮、真吉 親子の懊悩と崩壊を描いている。浪人の地位でありながら、徳川家御佩刀御試御用という高位の役職と高禄を得ていた山田浅右衛門一族が、政治的な大変革により、すべてを失ってしまうのだ。自己の技を研鑽することに生涯をかけてきた人々が、明日を見失っていく様が、重厚な筆致でつづられていく。そこには、感動は一片もなく、残酷な真実があるだけだ。
本書で焦点があてられているのは、吉豊の後を継ぐことになる三男 吉亮。なんと、12歳から罪人の首を刎ねていたという。読者は、吉亮をとおして、山田浅右衛門という処刑人の凄まじさやを知ることになる。山田家の暗澹たる将来に、時代の波に揉まれ変節していく兄と弟、父吉利の後妻であり義理の母 素伝への思慕が絡まりあって、救いのないドラマが展開していく。次男 在吉、四男 真吉のあまりに悲しすぎる最期には、胸がいたくなってしまうだろう。
著者が引用する様々な史実から、綿密な取材の上で本書が書かれているのが良くわかる。実在の人物を配しての、著者の巧みな創造力には敬服するしかない。だが、引用が多くなったり横道に逸れたりして、物語に没入することを若干妨げていることも否めない。発見もあるので、ためになることは確かなのだが。