昭和60年の夏に朱塗りの石棺と見事な金銀製馬具が私たちの前に現れて、早くも20年が越える。その後五次にわたる発掘調査が行われ、この類い希な古墳の全貌が明らかになってきた。その概略とエッセンスが本書に鮮やかに紹介されていて、目を見張るばかりである。その感動は直接本書を手にしなければ分からないだろうが、二人の被葬者を推理するときめきはこの小文で述べられないことはない。
北側被葬者は99・45%の確率で男性で、20歳前後、豪奢な体格、血液型はB型。南側被葬者は骨の残り具合が悪く、男性成人であることが分かる程度である。血液型は同じくB型。
身に纏っていた装身具の豪華さから推しても貴公子で、6世紀後半の揺れ動く政権の中枢部にいた人物に違いない。著者は皇位継承者候補の穴穂部皇子と推定している。また、もう一人を、翌日に殺された宅部皇子であろうということになる。
まだまだ、断定の段階には至っていないだけに、この被葬者は誰か、尽きない魅惑に包まれていて、かえって断定されない方が人の心を惹き付けるのかもしれない。