毎年夏になると、東雅夫氏によるこの「文豪怪談」のアンソロジーが愉しみなのですが、特にお気に入りなのがこの「文藝怪談実話」。
わが国古今の作家たちが体験、もしくは見聞きした「実話」と称する怪異譚が集められているのです。明治の頃の小泉八雲、岡本綺堂から昭和は遠藤周作、高橋克彦、淡谷のり子まで。
作家という方々はインテリの合理主義者が多いので、「私は幽霊など信じていなかったのだが・・・」みたいな書き出しで始まるものが多く、そうした人たちが顔面蒼白になるような体験が書かれている、そのギャップが面白い、というか興味深く読める。実話ものなので、ぞっとする描写が凄いとかオチが怖いとか、ストーリーテリングで読ませるタイプの怪談ではないが、実話というだけで自分はとにかく愉しんで読んでしまった。
中でも、遠藤周作と三浦朱門が熱海の旅館の離れで体験した恐怖を、それぞれの視点で語った2篇に、さらに2年後事実を検証するために遠藤が2人の若者を従えて再びその旅館の離れにリベンジするという後日譚の、3部構成の「幽霊見参記」。また柴田錬三郎がデンマークの古城で体験した恐怖のタイムスリップ現象を綴った「わが体験」がとにかく面白い(面白がっちゃいけないかもしれないが)。幽霊は絶対いると主張する高橋克彦が、弟と自らが体験した話を語る「この世に幽霊はいる」も真に迫って怖い。兄嫁の死にまつわる、後味の悪い浅原六朗の「怖しい体験」も忘れられない。
しかし、読んでいて一番ぞくっとしたのは、「田中河内介異聞」という物語。
これは、大正の頃に泉鏡花たちが催していた百物語の座談会に、真っ青な顔をして突然飛び入りで参加した見知らぬ男が語った物語・・・幕末期に無念の死を遂げた田中河内介。彼に呪いをかけられた一族の、生き残りの最後の一人が自分だという・・・恐ろしいラストを迎えるこのエピソードが、様々な視点から語られる「別バージョン」を5篇紹介したこの章は・・・夜中それまで「面白い面白い」と読み進めていたのだが、突然ぞわっと鳥肌がたって、読み途中で本を置いてそれこそ「布団にもぐり込むように」とっとと寝てしまった。
数々の「実話怪談」の中で、他とは違った情念、というか呪いがこもっている様な物語だった。今でも思い出すとぞっとする。